「水祭り」は江戸時代の後期(文政年間あるいは天保年間とも伝えられる)に始まった「熊野神社」をもり立てるため氏子たちが考案した水芸、水細工のお祭りで、戦時中の昭和16年(1941年)、戦況の悪化で中止された。
以後46年間、この祭りは中断されたままであったが、町内会で復活の気運が高まった。昭和62年(1987年)、幸運なことに水細工の仕掛けづくりを覚えている数名のお年寄りが御健在で、そのアドバイスを受けながら試作品を完成させた。その中心的役割を担ったのが、水尾町のまん中に今川玉香園茶舗という老舗の店を構えるご主人・今川吉弘氏(1944年生)だ。
そしてソウルオリンピックの翌年の平成元年(1989年)、「水祭り」はソウルオリンピックの聖火ランナーで復活した。
「水祭り」の中心は、人形の口や手などから勢い良く吹き出でる水の仕掛けづくりで、一見したところでは、まったくその水源が分らない。
「作り手だけが知り得る心地よさ」と云った顔をして、今川氏はその種明かしをしようとは毛頭考えていないようだ。
毎年行われる祭りのテーマは、前年の一年間で話題をさらったニュースを取り上げて町内会で決める。人形の顔は紙粘土、手足や胴体は木製で、作られるのは8場面。1場面は3年前から久保小学校が担当している。
「水祭り」の楽しさは、その手作りの素朴さとテーマ性、そして不思議な水の仕掛けづくりにあると吾輩は思うのだが...。










