尾道白樺美術館が閉館するという、ショッキングな話が報道された。尾道町の文化の灯火がまた一つ消えて行く、また寂しいニュースだ。
平成2年(1990年)の浄土寺下の構想マンション建設計画に端を発し、都市景観保全のための署名運動からマンション予定地の買い取り(3億5,000万円)運動、その後「尾道白樺美術館」の建設へと発展した「尾道の歴史的景観を守る会」の運動は、平成18年(2006年)12月22日、尾道白樺美術館の閉館という形で名実ともに終焉を迎えた。
都市景観に関する保全運動としては、日本で先駆的な意味を持つ尾道の景観運動は故・日暮兵士郎氏(1919〜2005)と共に始まり、平成17年11月16日氏の死去と共に終わった。
丸善製薬株式会社の会長として、また「尾道の歴史的景観を守る会」の会長として私財を投げ打ち、企業メセナと思える支援活動もほとんど公表することなく水面下で行なわれた。
下世話な話だが、吾輩が推測するに、平成11年(1999年)4月の「尾道白樺美術館」誕生と、その後の運営には少なくとも5〜6億円は必要であったし、その相当部分を日暮兵士郎氏と丸善製薬株式会社が影ながら支援されたはずである。
その行為は尾道ゆかりの山口玄洞翁や小林和作画伯と実によく似ている。社会活動と称して様々な団体が団体名をめだつように刻み込み寄贈するという一般的な習わしとは雲泥の差だ。尾道人のDNAには、自ら徳を消すという美学を今も脈々と伝えていると吾輩は思うのだが、どうだろうか。
残された尾道市に寄付された土地と建物。「尾道白樺美術館」後の、新しい文化拠点として、生まれ変わる姿を期待したいものだ。
<その後の経過報告>
◆2008年春、旧尾道白樺美術館は尾道大学の管理下でその名を継承し、再び開館されることとなった。
◆2012年春、尾道市立大学が独立法人化されるのを機に、美術館の名称を「尾道市立大学美術館(MOU)」と変え、新たなスタートを切った。







