なぜ、松山は道後温泉と決まっているのか。1,000人中、999人の御仁は理解するところであるが、この際、おめでたい年始ということで、いささか面倒ではあるが、敢えてその必然性をお教えするとしよう。
1月と言えば冬である。冬といえば、時には雪も降る。雪が降れば、道路に積もって危険に遭遇するリスクが高まる。リフレッシュの旅に危険なところを敢えて選ぶという必然性は見当たらない。まして、吾輩は猫である。猫は寒いところはどうにも我慢ならない。「雪やこんこ、あられやこんこ」ではないが、猫はコタツで丸くなるのが定石なのだ。そんなわけで、めざすは南の方角ということになる。
南の方角は瀬戸内海だが、幸いなことに尾道を起点とした「瀬戸内しまなみ海道」(西瀬戸自動車道)というのがあって、七つの橋で四国まで繋がっている。これはもう考える余地はない、ということで四国に向かったのだ。
吾輩は猫である。名前はまだない明治の大先輩とは違い、吾輩には『路地ニャン公』という名前が付いて一人立ちはしている。一人立ちはしているが、やはり尊敬する夏目漱石先生は吾輩の憧れである。
松山は「坊っちゃん電車、坊っちゃん団子」というように、先生の代表作の一つ『坊っちゃん』の舞台となった街であり、漱石先生が明治28年に英語の教師として赴任した街だ。松山は憧れの漱石先生ゆかりの地なのである。
そんなわけで、吾輩は晴天に恵まれた12月31日、瀬戸内海を渡り、四国を結ぶ最後の橋となる来島(くるしま)海峡大橋(写真/左・上)をカメラに収めた。
写真(左/中)は道後温泉の象徴ともいえる道後温泉本館の元旦風景で、写真(左/下)は漱石先生が親交のあった正岡子規ら文人と利用したという鮒屋旅館(現・ふなや)の日本庭園だ。
吾輩も尾道町生まれの由緒正しき猫、正月は正月らしく日本の美を愛でることにした。いうまでもなく、歴史ある神社仏閣にはそれぞれ敬意をあらわして手を合わせる。道後温泉では湯神社というお宮にお参りし、夕食はめでたい「ふなや」の料理をありがたく食した。









