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画家・高田三徳の描く風景に一目惚れしたのは1992年、ゼセッション誕生の年だった。

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画家・高田三徳の描く風景/MitsunoriTakada


画家・高田三徳の描く風景/MitsunoriTakada

画家・高田三徳(Takada MItsunori)の略歴


1950年 尾道市に生まれる。
国画会展にて国画賞、新人賞(2回)受賞
現代日本絵画展にて(財)渡辺翁記念文化協会賞
広島県美展大賞受賞
公募「広島の美術」佳作受賞
熊谷守一大賞展にて賞候補
青木繁記念大賞展、伊藤廉記念賞展、別府現代絵画展
上野の森美術館大賞展にて入選
国画会新人選抜展(アート・ミュージアム銀座)
国画会受賞作家展(サエグサ画廊)
三越(松山店)、天満屋(福山店)、なかた美術館(尾道)などで個展
小林和作美術振興奨励賞受賞
2010年国画会会員

「尾道在住の画家・高田三徳の作品」


吾輩・路地ニャン公の飼い主曰く、『高田三徳さんの絵には、通常の画家の作品のようなタイトルがない。殆どの作品は『無題』もしくは『Untitled』だ。それでも、気が向くとパステル画を描き、彼が訪れた街の名をサインの横に書くことがある。パステル画の多くは、街の風景が描かれているので、一般の人たちには馴染み易い。そしてどこを描いた絵なのか知りたがる。知りたがるから聴きたがる。だから彼は、面倒の先回りして「シエナ」とか「トスカーナ」とか書き込んでいる、と吾輩は勝手な解釈をしている。
しかし、画家・高田三徳の本領を発揮する大作には、吾輩のようなエセ美術愛好家は作品に圧倒されて、タイトルを聞く余裕はない。彼は、彼で「タイトルに関係なく自由に観て自由に感じてもらいたい。」、そして「何を描いているのかと考えないで、画面に表現されているものに貴方はどう感じるか、言い換えれば、その表現に何か魅力とかシンパシーを感じるか、まったく感じないか。そんな見方でいいと思う。だからタイトルは『Untitled』で良い。」と思っているのではないだろうか、と吾輩は推察するがご本人に聴いていないので、吾輩の勝手な思い込みとしておこう。
それにしても、彼の創り出す風景(平面や立体)は、吾輩にとっては、その色彩の美しさや清らかさ、それは自然の美しさに似て、何年眺めても飽きない魅力を放つ。
その彼は、ときおり尾道周辺のギャラリーの声かけに応じて個展を開き、絵画教室で数十人の大人たちの指南をすることで生計を立てている。この30年あまりの間、彼と付き合いその生き様をみていると、彼の心の中ではどうしても芸術への探究心が現実の経済を凌駕するという、近頃では稀な清貧の画家に近い生き方をしていると吾輩は感じるところだ。
自他共に認める経済音痴で鈍な人種に属する吾輩だ。画家・高田三徳さんを応援したいが、気持ちばかりで力がない。どこかでスポンサーが現れないか、どこかの画廊が彼の才能を買ってくれればと思うばかりで、何もできない。そんなことで、吾輩ができることとして、ビサン ゼセッションの壁面という壁に画家・高田三徳の作品を掛けさせていただいている。』
*静謐な黒を基調した市松模様の作品は、残念ながら周辺のものが画面の右端の方に写り込んでいる。写真を撮るのもド素人の吾輩の主人の失敗作である。
画家・高田三徳の描く風景/MitsunoriTakada
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画家・高田三徳の描く風景/MitsunoriTakada
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画家・高田三徳の描く風景/MitsunoriTakada
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画家・高田三徳の描く風景/MitsunoriTakada
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尾道まるごとアート化・ギャラリー化


吾輩・路地ニャン公が飼い主から聞いた話を思い出してみた。例によって長〜い話だったが...。
『そもそも、吾輩(飼い主)は三十代後半頃から、尾道のまちのアート化を夢ていた。アートに対して門外漢の吾輩がなぜそう思ったのか、それは金をかけなくても、色彩によりカタチの印象はガラッと変わり、デザインによりカタチが放つ魅力は驚くほど増幅するという魔術を知っていたからだろう。尾道のまちの『まるごとギャラリー化・アート化』は、実験的試みとして吾輩の知人で関東在住のアーティストの協力を得て、呼び寄せたアーティスト6〜7人にお願いして、彼らが感じる個々のインスピレーションで商店街のシャッターをキャンバスに見立て自由に風景を描いてもらうことでほんの少しは体験できた。1990年代のことだった。
その後、吾輩は日暮兵士郎氏が会長を務める「尾道の歴史的景観を守る会」に参加し、尾道の旧市街地に計画された高層マンション建設計画を阻止する活動を行った。この運動には、映画監督大林宣彦、グラフィックデザイナー杉浦康平、吉井画廊の吉井長三ら各氏が絶大な支援をしてくださった。結果は、行政・市議会の支援はまったくない中、民間人有志の協力だけで「守る会」が建設用地を買収し、その用地に尾道白樺美術館(現在の尾道市立大学美術館)を建てた。この景観運動が縁で、吾輩は、1992年に父の経営する備三タクシー(株)から総合企画業と旅行業を柱とする子会社を設立、備三タクシーから分離し、活動を始めることを決意した。それが株式会社ビサン ゼセッション(BISAN SECESSION)だ。
弊社ビサン ゼセッションの建物は、備三タクシーの老朽化した旧本社屋で、一階が駐車場で二階が事務所となっている。当時は、備三タクシーの子会社ということもあり、旅行業を始める環境としては悪条件ではあったが、ある事情でどうしてもこの場所でなければならなかった。その事情とは、またいつか別のところで話すつもりだ。
吾輩は8月8日を開業の日と定め、翌年1月にJTB代理業を始めるまで、初めに総合企画デザイン部門を立ち上げ、商業デザインのスタッフ2名と共に2階の事務所空間を「SPACE SECESSION」(スペース ゼセッション)と名付け、ギャラリーとして尾道周辺のアーティストたちの発表の場とした。そして旅行業は夢を売る場所だからと、自己流を通し、ギャラリーの中にある旅行を扱う店をコンセプトに店内はポスターではなく、絵画や彫刻などのアート作品を展示していた。外壁と店内の色彩を当時彫刻家だった高橋秀幸氏にすべてを委ねた。彼は、さらに一階の階段までのアプローチに鉄屑を溶接で組み合わせた龍を思わせる即興の作品を作り上げた。その龍は、吾輩には登り龍ではなく、下がり龍だなぁと感じさせたが... 、それも気に入っていた。
残るは一階の駐車場の白塗りのブロック塀だった。翌年そこに二人のアーティストと一人の医者が感じるまま自由奔放にペンキの刷毛で塗りたくった。そのアーティストの一人は前年にSPACE SECESSIONで個展をした画家・高田三徳さんで、あと一人は彼の知人で広島在住の女性アーティストだった。医者はドイツ留学でウィーンのハプスブルグ家の末裔とも交友関係があるという尾道出身で岡山在住の精神科医Mさんだ。Mさんとの出会いがフォルテピアノ修復家・山本宣夫さんに繋がって行く。
吾輩が自らの意思と発想を生かして取り組んだものは、厚手の鉄板にエゴン・シーレが書いた文字『SECESSION』をそのままくり抜き一番目立つ柱に貼り付けること。あと一つは階段の入り口にある鉄製の門扉をデザインしたことだ。依頼先はコストをかけないように父のタクシー会社の整備工場の工員で、吾輩の願いを忠実に実現してくれた。
そして28年というと歳月が流れ、社屋の外壁や看板などは強烈な西陽で一度は修復したが、すべては色褪せてきた。当時の色彩を甦らそうと思うが、尾道市の景観条例でそれらの色を塗ることが禁止されている。歴史的都市景観を守る運動をした吾輩だが、低層構築物の彩度まで規制する今の条例には違和感を覚える。尾道の歴史地区で大切なことは建物の高さ制限だと思っている。』

吾輩が一目惚れした画家・高田三徳の描いた風景

『縁というものは実に不思議なものだ。吾輩(飼い主)が尾道在住の画家・高田三徳さんが描く風景に初めて出会ったのは1992年、ちょうど小社(株)ビサン ゼセッション設立の年だった。風景といっても具象としての「風景」画という意味ではない。画家・高田三徳さんがキャンバスに描き表現したい対象は、平面の中の物質感であり、彼の描く風景の魅力はその色感とその構成力にあるのではないか、とアートの世界でもド素人の吾輩は一人勝手に思っている。
吾輩はスペース・ゼセッションでオープニングの個展を尾道在住の画家・村上選(一水会会員)さんにお願いした。そして村上選さんから紹介されたのが、やはり尾道在住の画家・高田三徳(現在、国画会会員)さんだった。当然ながら第二弾の個展は高田三徳さんに決まった。その高田三徳さんが持ち込んだ作品の一枚に一目惚れしてしまった。すべての作品に値札をつけたが、吾輩が一目惚れしたグレーを基調とした作品には売約済みの赤丸の印をつけ、観覧者が買えないようにした。その絵は今も拙宅に飾っている。画家・高田三徳さんが描く風景に魅了されて約30年、今も新鮮な喜びを感じるのだ。手持ちの彼の作品を拙宅の壁面に飾り、今も豊かな空間の日常を享受している。』

画家・高田三徳の表現したほかの風景も紹介したい

吾輩の飼い主の話はさらに続く....。
『まだまだ紹介したい作品があるので、この先、余裕の時間ができて気が向いたときに、写真を撮ってご紹介しよう。それにしても、額から作品を外して撮影しなければ、ガラス越しに写真を撮ると、周りのものが写り込んでしまうので、相当手間取るのだということをご理解いただき、早く違う作品を観たいというお方は、尾道にお越しになるか、それとも吾輩がアップするまで気長に待つか…ですなぁ。』と、ここでようやく話終わった。(2020年10月17日)
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