
西國寺の仁王門をくぐり、桜の花びらが舞う西國寺本堂に通じる石段を登って行くと、ちょうど中間当たりの右手に金剛院がある。
この金剛院の境内には香川県琴平町の金刀比羅宮に向かって金毘羅大権現の社が建っている。
役小角(えんのおづの)が開祖といわれる修験道の社の中を覗くと、何やら怪しい目玉がギョロ!! これが頭がカラスで人間の身体を有した半人半鳥で、山伏の出立ちをし、背中には羽根を持つと云われる烏天狗だ。
人間の姿をした鼻が高い大天狗と違い、見るからに無気味で、感覚鋭敏な吾輩の背筋は身の毛もよだつほどゾクッと反応した。

余談ではあるが、この烏天狗が祀られた額の裏には、1898年(明治31年)広島県内で二番目に市制施行(御調郡尾道町が尾道市となった)を祝い、常称寺境内で行われた大相撲の番付「東西合併大相撲板番付表」(陣幕久右衛門、第三代北陣親方、懸車富貴智)が貼られているという。
烏天狗とはどんなもの?と辞典を紐解くと、天狗には、鼻が高〜い大天狗と、鳥の姿をした烏天狗(からすてんぐ)の二種類存在するという。烏天狗は大天狗に対し、小天狗と呼ばれ、大天狗の持つ神通力を得るために修行中の身だそうだ。
インドやタイ、インドネシアなどに見られる烏神ガルダ(ガルーダ)が原型ではないかという説もあるという。
これまた余談で眉唾だが、義経が鞍馬山で修行した相手がこの烏天狗だといわれている。
いずれにせよ、これらの天狗は金毘羅大権の配下のものということだ。
社の後ろには、これまた奇妙な三つの石頭石首が祀られている。
重軽三天狗といわれる三つのものは、烏天狗に大天狗、小天狗のようで、烏天狗と小天狗の区分けは吾輩には皆目わからない。
大天狗らしき石頭の中心の鼻が参拝者の手で黒光りしているのが印象的だ。
参拝者は願をかけながら、この三つの石頭石首を持ち上げ、軽ければ叶えられ、重ければ叶わないということが言い伝えれれている。
吾輩は恐くて、願をかけるのも忘れ、そそくさと立ち去った。










