本年(2006年)で107歳を迎える尾道市立久保小学校のスタインウェイピアノに関する、1998年修復当時に書かれた貴重な文章を入手したので、ご披露することにした。執筆者はフォルテピアノ修復家として活躍する山本宣夫氏である。以下、修復を手掛けられた久保小学校の「スタインウェイピアノ」に対する山本氏の熱い想いが伝わってくる。
スタインウェイピアノ
イタリアのバルトロメオ クリストーフォリが今からちょうど300年前の1700年頃にピアノを発明して以来、ヨーロッパのピアノ製作はそれまでのオルガン、チェンバロといった鍵盤楽器の製作者がピアノ造りに移行するという形でなされることが多くありました。
スタインウェイ社の創立は1853年です。ピアノ製作栄光の創業者セオドア・スタインウェイという人物は天賦の才を持つ科学者であり、また卓越した技術者でもありました。
ピアノの意匠と音質の概念を世界的規模で根本から覆した技術革新を強固に推進し、頑丈な鉄骨に太い弦を強い張力で扇形に斜めに交差するようにはり巡らし、駒を響版の中央に据えつけ、厚いフェルトを機械で圧着した大きなハンマーを使用しました。
このようにして生み出されたこれまでにないピアノアクションの適応により演奏者は前例のない音量と音色を自由自在に表現出来るようになりました。
スタインウェイはなんとアメリカに来て20年間に41件もの特許を取得したのでした。1880年代のスタインウェイ製のピアノは本質的に現代ピアノそのものであり、競争相手の一世代先を歩んでいました。
音色と響きに最も大きな影響を及ぼすのは響板
私が初めて久保小学校のスタインウェイピアノを見た時、それは体育館の片隅の鉄の檻の中に入れられている傷ついたライオンのようでした。それは体の右半分が灼けただれ、瀕死の状態でした。
試しに弾いてみた時、ガタガタと悲鳴のように聞こえる音の中にキラリと光りを放つ音をいくつか感じました。そして、とても汚れてはいるけれども、その響板は、幸いにも傷ついていなかったのです。
「このピアノはまだ死んではいない。再生可能だ。そして完成には大変な時間が掛かると予想されるが、それだけの値打ちは充分にある。」と私は判断しました。
火災によるやけど傷ばかりでなく、様々な傷を負わされた本体の修理と外装の塗装が終了し、鍵盤とアクションの仕事に取りかかりました。
当初の見積もりでは、最初から付いていたオリジナルのハンマーをそのまま使用するつもりでいましたが、そのフェルトは実際には思いのほか消耗していたのでした。そのままでもなかなか良い音ではあるのですが、今回の修復後さらなる100年の命を与えようと取り組んでいましたので、そのままでは余命はそんなに長くないと判断できました。
結果、ニューヨークのスタインウェイの新品のハンマーを取り寄せ、それと交換しました。新しいハンマーに替えましたが、音色は大差なくとても良い音が得られ満足できました。
鍵盤の象牙は低音と高温の一部が少し残っているという状態でしたが、現在はワシントン条約により象牙の輸入が禁止されてしまっています。でも幸いにも、以前買い求めたものが一台分だけ残っていましたので、それに取り替えることにしたのです。
一年余りかかった修復が大詰めにかかり、最後の仕事である調律をしてみると、低音は豊か、中音域は色彩豊か、高音はのびやかでブリリアントな響きで、仕事をしていても、それはとても気持ちの良いものでした。
出来れば、一度ピアノソロのコンサートでみごとに蘇った100年前のスタインウェイの音を堪能できればと思っております。 1998年10月 山本宣夫









