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この小路、平安初期の古い参道といわれているが

路地/Roji> 浮御堂小路/UkimidoShojiAlley

浮御堂小路/UkimidoShojiAlley


浮御堂小路/UkimidoShojiAlley
土堂1丁目、2丁目、東土堂、西土堂という「土堂」は、昔使われた町名である。その由来は、辻にお堂があったことから「辻堂(つじどう)」と呼ばれ、「土堂(つちどう)」に訛ったものだという。
その土堂で有名な路地といえば、浮御堂(うきみどう)小路だ。古くは平安初期の807年(大同2年)、海沿いに水観音が現れたといって、海辺に小さな堂を建て、加持祈祷していたらしい。尾道が古文書に登場するのが平安中期の1081年(尾道浦「西國寺文書」)というから、それよりもっと古く気が遠くなるほど古い話だ。いわゆる修験道が尾道に伝えられた始まりだという。
そのお堂が海の中に浮いて見えたことから「浮御堂」と呼ばれ、その参道を「浮御堂小路」というのだそうだ。
土堂本通りを歩いていたら、尾道の老舗の一つ中華そば宮地の角にこの道標があるものだから、てっきり海岸通りに抜ける路地の正面に浮御堂があったのだと思っていたら、大間違い!吾輩が入手している江戸時代の古地図を見ると、浮御堂は、浮御堂小路を抜けて右手あたり、現在の海岸通りのセブンイレブン(原田酒店)の駐車場から駅よりにある村上釣具店の間の北側(山側)にあったようだ。
余談だが、浮御堂小路の真ん中あたりにあるお稲荷さんの前に立つと、何だか妙な感じがするのだ。コンクリートの電信柱が、一坪も満たない小さな境内の中に、まるで御神体よろしくドッシリ構えて居座っているのだ。実に尾道らしいね。
ところで、最近の尾道町はどんどんバタバタ建物が壊されたり、古民家が新たな店舗に再生されたり、路地が姿を消したりするものだから、吾輩たち猫族は少々居心地が悪くなって来ている。今日(元号が変わった2019年の4月2日)、中華そば宮地の角から浮御堂小路に久々に入って行った。お稲荷さんの祠の手前には、漁師さんたちが住む東西に走る路地と浮御堂小路が交差する。その西角にショーウインドらしき木枠の上に片方だけの靴が置かれていたので、気をとられてシャーターを切ってしまった。どうやら靴屋のようで、レトロっぽく造られた外装は、これから新たに店舗を構えるゾ、とも見えるのだが...。SETOUCHI SHOESという看板が掛かっていた。
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