トップ > 040 路地(露地)学総論 > 「尾道」という地名の由来

「尾道」という地名の由来

はてさて、どれが真実なのか、どれが本当なのか...?!
「尾道」という地名の由来
「尾道」という地名の由来
「尾道」という地名の由来

 吾輩の住む「尾道」は、少なくとも九百年を越える歴史がある。それだけに地名の由来もさまざまな説がある。
 地名というのは元来、その土地の地理的特徴を表記したものが大半であり、久保(=窪)、川端、長江、尾崎など「尾道町」の住所の旧表示を思い起こせば納得がいく。
 そんなことから、尾道という地名の由来は、一般的には「山の尾の道」から生まれたというのが定説となっている。
 現在の本通り以南は埋立地であり、昔この地は、尾道三山といわれる東から瑠璃山(浄土寺山)、愛宕山(西國寺)、大宝山(千光寺山)の各山が海に迫り、狭い帯状の土地に山の尾根伝いに一筋の道があったことから、「尾道」と呼ばれるようになったというのだ。
 またこんな説もある。「尾」は「川口」のことで、防地川、長江川の川口を結ぶ一筋の道があったからだという説である。
 別に、「伊尾の道」が起源だという説もある。平安末期に尾道が現在の世羅郡甲山町を中心としてできた「大田庄(おおたのしょう)」の倉敷地として1166年公認されたが、大田庄の中に伊尾(現在の三川ダム付近)という地名があることから、「伊尾の米の道」の港として作られたこの地を「尾道」と呼ぶようになったのだという説である。
 さらに、尾道の郷土史家で故・財間八郎著「尾道散策」によると、作家・司馬遼太郎の説を紹介している。それは港を生命とする尾道だから、「澪(みお)の道」即ち、船の航路から出たものではないかと説である。
 澪とは三省堂の辞書によると「(1)内湾や河口付近で、砂泥質・遠浅の海底に沖合まで刻まれた浅い谷。水の流れの筋。小舟の航路となる水路。(2)船の通ったあとに残る泡や水の筋。航跡。」という意味があるようで、「みおの道」から「おの道」「尾道」となったいう説である。
 はてさて、どれが真実なのか、どれが本当なのか、吾輩にはチンプンカンプン分らぬが、定説の「山の尾の道」が一番シンプルでいいニャン。

写真は上から「向島から見た尾道三山と尾道町」「瑠璃山から見た尾道町」「尾道水道を行き交うフェリー」

国内外の旅のご相談は...
ジェイティービー代理業(JTB総合提携店)
(株)ビサン ゼセッション TEL 0848-37-5317
info@bisan.co.jp

バックリンク(9) 参照(10075)

路地ニャンシャーロック
会計レジを見る








メルマガ登録・解除


路地ニャン公の独り言
copyright bisansecession Powerd by