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お好み焼きとラーメン

「尾道のお好み焼きは、尾道のラーメンより歴史がある!」という
お好み焼きとラーメン
お好み焼きとラーメン

お好み焼きとラーメンはどちらが古い?!
尾道のラーメンは昭和3年に中国福建省の人が伝えたといわれ、当時は「支那そば」と呼ばれていたらしい。そもそもラーメンといい出したのは昭和30〜40年代のことらしく、尾道の老舗の品書きには今も「中華そば」とある。
「尾道ラーメン」というブランドは今から20年くらい前(昭和60年代)に生まれたものだが、このブランドがブレイクし始めたはここ7〜8年くらいの話なのだ。
最近の「尾道ラーメン」は尾道の老舗の中華そばを真似てつくられたいわばコピーもの。コピーものでも出来ばえのよいものもあるが、一番おいしいのは、何といったって老舗の味だ。老舗は、尾道ラーメンという看板を上げない。だから「尾道ラーメン」の看板があるというのは、この数年の新参ものだ。新参ものだからおいしくないとはいわないが、一部を除いてどんな味か保証はできない。
あるとき、尾道の老舗の中華料理屋に数名の観光客が顔を出し、中華そばの品書きを見て、「アッ、ここは尾道ラーメンがないんだ!!」とがっかりして帰っていった。「可哀想だねぇ、ここは尾道でも有名な老舗のラ−メン屋さんなのにね。」と吾輩は大笑い。「近ごろは、舌で食するのではなく、頭(知識)で食する人が多くなった」とは、長年の人間観察で得た吾輩の「管理社会の味覚学説」である。
ラーメン談義はさておき、<尾道のお好み焼は尾道のラーメン(支那そぼ、中華そば)より古い>と云うのが、吾輩が主張する仮説である。なぜなら、昭和3年に伝えられたという「支那そば」はその後の「ラーメン」と呼ばれ始めた昭和30〜40年代まで、屋台の経営であったらしい。それに比べ、「小林お好焼」の女将さんの話では、お好み焼き屋は昭和7〜8年にはよ〜けいあったという動かぬ事実。尾道で屋台村があったというのを吾輩は耳にしたことはなく、昭和の初期におけるラーメンの屋台数は少なかったのではないか。少ないということは、いまだ大衆に認知されていないということだ。ものごと流行るには少々の時間がかかるのは常識。この常識に推論を展開していくと、「尾道のお好み焼きは、尾道のラーメンより歴史がある!」という結論に至るのである。

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