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くねくね坂道アート道

尾道市民もあまり知らない道なのだ....。
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 この道を吾輩が勝手に『くねくね坂道アート道』と命名したのは、確か2011年、それとも2012年だったか、まったく記憶にない。
 尾道市のホームページで調べてみると、尾道市民病院のある新高山団地から山波町に抜けるこの道は、山波45号線という尾道市の環状線の一部として平成8年度から工事が進められた、と書いてある。それでいつ完成したのか調べてみたら平成23年(2011)6月26日というから、事業完成までに実に15年の歳月が流れている。
 この山波45号線は、新高山団地からJRの踏切を通らずに国道2号線に接続させることが目的だった。しかしながら、土地買収ができなかったのかどうか知らないけれど、開通した道は、残念ながら問題の山波町浜田のJR踏切を通らなければ国道2号線には接続できない。
 尾道市の当初の目的は、2013年2月現在も未だ達成できてない。ということは、全線開通の完成ではなく、一部開通したと理解すべきか。
 まっ、のんびり急がず車を走らせる御仁には、この山波45号線は素晴らしく魅力のある道となっていることには異論はないだろう。

 工事が始まった頃から、吾輩はこの道が気がかりだった。というのも、新高山2丁目第1緑地東側の交差点に進入禁止のバリケードが置かれ、その先に伸びている道は、直線の緩やかな下りで、その先には空と遠く松永湾しか見えないのだ。その先にはどんな道があって何があるのか、見えない先を覗いてみたいという衝動がワクワク感を増幅させていたのを思い出す。

 さて、その『くねくね坂道アート道』とは、どんな道なのか、そろそろご紹介するとしようか。
 この道の始まり(山波町)と終わり(新高山団地)には、二つのモニュメント(石像彫刻)が佇む。両方とも町内に住む市民や企業の浄財で設置されたものだ。左の写真(上)が新高山団地のモニュメントで、写真(下)が山波町浜田の踏切の手前に配置されたモニュメントだ。いずれも財団法人イサム・ノグチ日本財団理事長・和泉正敏の作品だ。和泉正敏といえばイサム・ノグチの石彫のパートナーであり、彼自身、国内外で活躍する著名な石彫家だ。
 なぜそんな和泉正敏の作品がこの道の出入口の二カ所にあるのか。その理由はカンタンだ。石彫家・和泉正敏に繋がる人脈をもつ仕掛人がいたからだ。その人とは、尾道市山波町の禅建築設計の藤本友行代表で、藤本氏は尾道市議会議員でもある。まちづくりに熱心なアイデアマンで、高校生絵のまち四季展やアート・スクールバス、そして山波45号線の発案者でもある。

 話を本筋のくねくね道に戻そう。この道を新高山団地から下って行くと、名前の通りくねくね曲がったカーブが続き、少し上がってはまた沈む。
 やがて視界がひらけ、造船所の巨大なクレーンが5〜6機現れ、尾道水道と向島が望める。道なりにさらに下って行くと、右手に小屋があり、小屋の軒下で休んでいる男の人形と、その前では農作業をしている女性、右手の奥まったところで草刈りをしているようなマネキン人形が目に留まる。



 問題はこの女性なのだ。この道を車で走らせるたび、熱心に働く彼女の姿を何気なくチラッチラッと眺めていた。それにしても熱心だねぇと数日間は思っていたが、いつも同じ姿勢で朝から夕暮れ過ぎても仕事をされているようで、何だかおかしいゾ.....。
 雨にも負けず、風にも負けず、働き続けるこの女性が「案山子」だと気付いた時は、びっくりしたね。日焼けを避け、帽子と頬かぶりをして、水やりをしている女性の姿はあまりにもリアルなのだ。
 このすべての案山子(かかし)と小屋を制作したのは、山波町に住む高田昭詮(たかたあきのり/今年で確か85才)さん。60才になった年から自ら車を運転しながら北海道1周を右回り左回りと11回(1回で6,000kmを走破するのだとか)も果たしていて、まだまだチャレンジされるという、実にエネルギッシュで遊び心のある人生の達人である。
 長い人生に似て海あり谷あり池もある「くねくね坂道アート道」は、今日も吾輩を楽しませてくれる。高田さんが建てた小屋の入口にギョロギョロ目玉をズームすると、二人の樹下美人ならぬ軒下美人が、「まちの喧騒を忘れ、さあ『世蘭開屋』(よらんかいや?かな)でいっそセレナーデでも唄っては」.....と囁いている。



最近、芸術品(?)には警備が必要、なんて思われたのかどうかは知らないが、こつ然とこんなりっぱな看板が立てられていたので、またまた驚いた。(2013年3月1日)




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