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セブ島の思い出

街の喧騒とスラム街、限りなく広がる青い空と海...。
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 マクタン国際空港に降り立つと、東南アジア特有の蒸し暑さと喧騒が、われわれ5人を迎えた。到着ロビーではJ氏とB氏が待っていた。
 今回のツア−は、セブ島に住むS氏を訪ねて、交友関係にあるI氏に連れられての旅だった。われわれを迎えてくれたJ氏はS氏のご子息で、ボランティアでレスキュ−隊員を務め、B氏はS氏が所有する会社幹部らしい。
 空港からセブ市内に入るにしたがって、喧騒は激しくなって行く。広い道路ではビュンビュン、スピ−ドを上げて突っ走る車と定員オ−バ−の単車の群れ。夕暮れが近づき、急にまわりが薄暗くなる。街灯がないせいだろうか。
 やがて、われわれが乗った車は狭い道路に入って行く。路肩は地道だ。道の両側には、裸電球のついたバラックがまばらに並び、痩せた犬がうつろに歩いている。3〜4mの狭い道を、まるで四斜線かと思われるほどの車両の群れが砂埃を上げながら行き交う。長旅の疲れを快く感じながら、車は目的のホテルに到着した。
 しばらくして、S氏がホテルを訪ねてきた。フィリピンの某団体の隊長らしく、どっしりとした体躯の持ち主で、制服姿の彼の腰にはピストルが携帯されていた。

 セブ島を訪れる日本人観光客は、ご多分に漏れず、ほとんどがリゾ−トホテルでの滞在となる。リゾ−トホテルは大概、市内の雑踏と生活を遮断し、治外法権的空間を形成する。リゾ−トホテルにいる限り、快適なサ−ビスと安全、世界共通の均一の印象を保証してくれるが、その分セブ島の人々、わけても下町の現実の生活風景には触れることはできない。今回はJ氏とB氏の二人がわれわれをガ−ドし、その機会を与えてくれた。車のダッシュボ−ドにピストルを忍ばせながら....。
 
 朝のセブの街は活気で溢れていた。「トライサイクル」という乗合二輪車や「ジプニ−」という乗合バス(写真/中)には、人が鈴なりだ。わけてもジプニ−というこの国独特の改造乗合バスは実に面白い。まるで日本で数十年前に流行ったトラック野郎のデコレ−ションよろしく、過剰なまでに工夫を凝らし、強烈な個性を発揮している。そのバスが無謀とも思える信じ難いスピ−ドで走って行く。私はジプニ−を見つけるたびに夢中でシャッタ−を押した。
 ホテルを出て20分くらい、市場に着いた。車を降りて、J氏とB氏が当たりを警戒しながら、われわれを案内して行く。数十mも歩いたろうか。二人がわれわれに言う。「この先は、危険だから引っ返してくれ」と。
   B氏に「両替がしたい」と申し出たところ、快く引き受けてくれた。われわれの車はやがて、延々と続くスラム街のど真ん中に止まった。B氏の姿がアっという間に、そのスラムの迷路に吸い込まれていった。誰も車から降りようとはしない。車窓から周辺を眺めているばかりだ。やがて、B氏が戻ってきた。両替されたお金は空港で交換した金額と比べると随分多いことに驚いた。闇の交換レ−トなのだ。

 日本を出発する前に、I氏が私に「もし興味があれば、スラムに住む友人宅に案内するが、行ってみる気があるか」と尋ねられたことがあった。
 スラム街では、来客に食事をすすめる習わしがあるという。どんなものが出るか想像もつかないが、お客が手を付けない限り、その家族も食事ができないという。正直、どんなことになるのか少々不安で、私は返事をうやむやにしていたのだ。
 現地でI氏がスラムに住むという友人の仕事場に連絡をとったが、留守だった。テレビ画面で見るスラム街に少々興味をもっていたが、いざその現実を体験するとなると二の足を踏む。内心私は安堵した。

 セブ島滞在の二日目の夜、S氏がわれわれをホ−ムパ−ティ−に招いてくれた。花の咲き誇る美しい庭での、ガ−デンパ−ティ−だ。S氏婦人は旅行中ということで、娘さんとS氏の友人とメイドたち、それに三匹の犬が迎えてくれた。
 料理は大変なご馳走で、子豚の丸焼が大皿に鎮座していた。贅沢なパ−ティ−と美酒、われわれは片言の英語を交え、楽しいときを過ごした。それにしても、ここの犬たちは丸々と太っている。前日空港からセブ市内に移動中、数多くみた痩せ細った街の犬とは雲泥の差だ。改めて貧富の落差の大きさを実感したのだ。
 セブ島はマニラに比較するとまだ落ち着いているという。I氏が言われるには数年前は空港職員にも気が許せなっからしい。「現金は必ず携帯し、手荷物の中には入れないよう」にと、くどく言われていた。団体旅行では、少々経験のある私も、個人旅行の経験は、このフィリピンではまだない。個人旅行は団体旅行とちがって、思わぬ体験に遭遇する。それだけに旅の味わいもあるが、リスクも大きい。
 滞在期間中、いろんなところへ案内いただいた。もちろん定番のマゼランクロス、サンペドロ要塞、サント・ニ−ニョ教会や道教寺院といった観光コ−スもご案内いただいたが、圧巻は何といっても、「トマイキキ」へのクル−ジングだ。

 S氏は某団体の隊長という肩書きだけでなく、フェリ−会社のオ−ナ−でもあり、ジプニ−の会社やその他の会社も経営しているようだ。別荘として一つの島を所有し、その規模の大きさにも驚かされた。
 三日目の朝、港に案内された。船付き場といっても日本のような設備はなく、バラック建築の間を海辺に出た。われわれは陸から板を渡してもらって、船から船に乗り移っていった。お目当ての船に乗り込むと、S氏がニコニコしながらわれわれを迎えてくれた。
 港を出て、振り返ると思いがけないセブの風景が目に入ってきた。懐かしい街並み。まるで尾道なのだ。それも土堂海岸通りの終戦直後に建てられたバラック建築のマ−ケットを見ているようだ。

 アウト・リガ−(写真/上)という竹でできた横揺れ防止の翼を両側に装着させた船は、予想以上に船足が遅く、三時間くらいも経ったろうか。S氏所有の島を過ぎ、ようやく目的地の「トマイキキ」に到着した。
 「トマイキキ」は碧い海原のど真ん中にある浅瀬で、満潮時で水位が60cmくらいの海中の島だ。この浅瀬はマングロ−ブの畑にもなっている。マングロ−グは、海水で育つ樹木で建築材や炭に使われる。一年前には、この浅瀬にバンガロ−があったそうだが、台風に吹っ飛ばされて、今は跡形もない。I氏のお店には、この海の上に建つバンガロ−の写真がある。このバンガロ−で一夜を過ごすことができなかったのが残念だ。もっとも、ここに泊まるには、自動小銃をもった警備の者が必要ということだが....。
 
 昼食の準備が始まった。いつのまにか漁船が現れ、われわれの船に横付けした。昼食の食卓に並べられる新鮮な魚の商いが行われている。船員が海に潜って、カキをとってきた。われわれは、渡し板を恐る恐る降りて、海中の島にベンチやパラソルを立て、海の中の公園をつくった。
 食事は驚くほど新鮮さに溢れていた。広々とした碧い海とどこまでも続く青空、豊かな海の幸と果物に舌鼓を打つ。S氏いわく、「日本人は働きすぎね。週末にはこうしてリフレッシュしないとね。」
 食後は、水泳と貝殻拾いと、ピストルの実弾乱射の余興。アっという間に時は過ぎ、満ち潮とともに海中公園は撤去された。
 「今、わたしは地球儀の、あのフィリピンの、あの当たりに立っているのか。」

 楽しかったトマイキキを後にして、再びセブの港に向かって船が進められた。心地よい生温かい風を肌に感じながら、爽やかな耶子のジュ−スを飲み、白い実を頬張る。遠くで突然、水飛沫があがった。
 「鯨だ!」とわれわれが、騒いでいると、S氏が「ノ−、ノ−」。良く聞いて見ると、ダイナマイト・フィッシングという密漁だそうだ。ダイナマイトの爆発で浮かんできた魚をとる禁止されている漁法。「明日は、取締をしなければ」とS氏が笑いながら語っていた。
 見たこともないフライング・フィッシュ(飛び魚)も目撃した。普通飛び魚は、海面に沿って体を水平にして飛んで行くのだと思い込んでいたが、こちらの飛び魚はダンシング・フィッシュといった方が的を得て入るような動きをする。信じられないことだが、頭を宙にあげて、尻尾を海面すれすれに立てたまま、飛んで行くのだ。それも一匹や二匹ではない。さすがに我が目を疑った。
 楽しい旅、感慨のある旅ほど経つ時間は早い。多くの体験が頭の中を駆け巡る。トマイキキでの脳内リゾ−ト、贅沢なガ−デンパ−ティ−、ジプニ−をはじめとする街の鮮やかな色と喧騒、そして深夜、幼子を抱き、物乞いをして道端にうずくまる女。裸電球の明りに照らされた道端の果物売りの屋台と痩せこけた犬たち。

 最後の夜は、ホテルの近くのモ−ルにあるレストランで過ごした。海鮮料理のこのレストランは小奇麗な店で、若いウエイタ−や背の高い美しいウエイトレスを揃えていた。J氏とB氏を招き、感謝を込めての晩餐だった。一応の料理を注文し、ビ−ルを飲み、楽しいときを過ごした。そして、勘定を精算して驚いた。7人の合計が1,300ペソ、5人の割り勘すると日本円で800円ということになる。日本での感覚が全てをマヒさせた。
 今回のセブ島の旅は、実に思い出深いものとなった。われわれ日本人は貧富の差が比較的少ない、安全で、幸せな国、それでいてベラボ−に物価の高い国に住んでいたのだと。(1996.6.30)


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