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塩川高敏

しおかわ たかとし(洋画家)
塩川高敏
塩川高敏
塩川高敏

尾道ファン倶楽部・名誉会員

塩川高敏(1948-2017)プロフィール
1948年 長野県生まれ
1971年 東京芸術大学美術学部油画科卒業
1971年 個展<上田市・山本記念館>
1973年 東京芸術大学大学院美術研究科油画専攻修了
1974年 東京芸術大学油画課助手(〜1977)
1979年 個展<泰明画廊&ギャラリー泰明>、国展出品 新人賞受賞(以降毎年出品)<東京都美術館>
1983年 国展 会友優作賞受賞
1986年 神奈川県立近代美術館賞<神奈川県民ホール>
1989年 東京セントラル絵画館'89油絵大賞展優秀賞受賞<東京セントラル絵画館>
1991年 個展<東京セントラル絵画館>、安井賞展入選<セゾン美術館>('92)
1993年 個展<東京セントラル絵画館>
1995年 ヴェネツイアを描く三人展<日本橋三越><高崎高島屋>
1998年 エーゲ海を描く三人展<日本橋三越>
2001年 フランドルを描く三人展<日本橋三越>
2002年 個展<日本橋・大阪さんば高島屋>
2004年 静物を描く三人展<日本橋高島屋>
2017年 尾道大学退官まで一年余りを残し、11月2日に病のため他界。(国画会会員、尾道大学副学長、尾道大学美術学科教授)

左の写真は上から「小歌島」(F120)、「大久野島」(F120)と画家・塩川高敏氏(撮影/執行季信)。




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 塩川高敏というと、ディフォルメした人間が、空中に浮遊している作品が浮ぶ。ところが最近、風景を描き始めた。
 その作品がおもしろい。目を見張るようだ。今回の個展を見ても同じ感想を持った。この個展は「尾道を描く」とサブタイトルにあるように全てが風景である。マチエールが面白い。
 しっとりとして生きて動いてくるようだ。人間を描いた頃もマチエールは面白かったが、無機的な建物の壁、水の表面となると、そのマチエールの力が、より発揮される。
 画家自身もそれを意識していると思う。つまり無言の風景が、生きた風景であるかのように画家は表現している。  具体的に例をとると、「大久野島」(写真/上)は壊れかかった天井の高いビルに光が射し込んでいるだけの光景だが、光がなまなましく鑑賞者に発信してくる。光が生きもののように感じられる。点景に一人の人物がいるのだが、人物は、この生きもののような光の強度を表現するために入れられているようにさえ感じる。
 「ダム」(写真/上)という作品がある。ダムの側面と水門と、それを映す下方の水、背後は濃緑色の植物。三つの要素から成り立っているのだが、まず作品から受ける印象は神秘である。ダムの壁の灰白色が光を集めて輝いている。その光を集める様子は「大久野島」と共通している。
 そう書いてくると、画家の特異な感性が浮かび上がってくる。画家は現象をなぞっているのではない。現象の持つ要素から気配のようなものを抽出している。その気配は画面の中の呼吸として現れるということになるだろうか。
 個展作品の中には、その呼吸が感じられない作品もある。それは対象から気配を抽出する力が弱くなったためと思われる。いずれにしても特異な感性である。
 さらに言えば、気配がテーマであるために色彩は殆ど無彩色に近いのだが、不思議な光がそこに集まっているわけだ。そうすると油彩画にも関わらず、限りなく水墨画の世界に塩川は近づいていくのだろうか。
 画家が住居を尾道に移したのは最近だという。それがいい結果を生んだわけだが、ますます自然の気配の中に画家が没頭して、たくさんの点数を描くのではなく、その気配をより強く豊かに表現する作品を生み出すことを望む。
            高山 淳(美術の窓 2003年2月号)

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