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外交官・杉原千畝

「日本のシンドラー」と呼ばれる[すぎはらちうね]とは...。
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 遠く海外に出て、同胞の誉れに接するのはニャンとも言えず嬉しいものだ。
 映画「シンドラーズ・リスト」を鑑賞された方も多いと思うが、戦争という悲劇の中にも、人道を貫く人がいるという事実を知ることで、我々はホッと救われる。増して、それが同胞であってみれば、なおさらのことだ。
 第二次世界大戦初期の1940年、リトアニアの日本領事館代理を務めていた杉原千畝は、本国の命令に背き、ナチスの迫害を怖れ、ポーランドから逃げ延びたユダヤ人たちに半ば無制限に日本通過ビザを発給することを決断した。
 千畝の手により発行されたビザが、少なくとも6,000人ものユダヤ人の国外脱出を助けたといわれている。
 カウナスにある旧日本領事館は、現在、杉原記念館として保存されている。 その館内の一角に、日本地図が壁に貼られ、日本から来た訪問者の出身地をマークしていた。吾輩も、当然ながら尾道の場所にマークシールを貼った。



 「世界は、大きな車輪のようなものですからね。対立したり、争ったりせずに、みんなで手を繋ぎあって、回っていかなければなりなせん...。」「人間にとって、一番大切なのは、愛と人道だ。」「私のしたことは、外交官としては間違ったことだったかも知れない。しかし、私には頼ってきた何千人もの人を見殺しにすることはできなかった。そして、それは人間として正しい行動だった。」と、杉原千畝は語っている。

 国益とは何か、正義とはなにか、真実とはなに...。複雑にからみ合う価値観との葛藤の末、選んだのは人道だった。
 千畝の功績を知り、吾輩はリトアニアの夕暮の空を晴れやかに眺めた。こんなに美しい空があるのだ。



 カウナスからリトアニアの首都ヴィリオニュスに移動した翌日、杉原千畝を顕彰する石碑をみることができた。


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