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尾道で初めての市民運動

明治31年(1898年)市制施行以来、初めての市民運動...。
尾道で初めての市民運動
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24,780 筆の尾道市民の署名!!

尾道市が今、広島県で二番目に市制施行した1898年(明治31年)以来、初めての市民運動(文化運動)を経験している。
思えば、1990年5月浄土寺の下に計画された高層マンション建設計画に反対し、結成された「尾道の歴史的景観を守る会」は、尾道市と尾道市議会がそっぽを向くなか、当時尾道の優良企業の一つ、丸善製薬(株)会長の日暮兵士郎氏を頂点に尾道市内各種団体のリーダーによって構成された。尾道の代表的経済人・日暮会長の人柄で集められた組織は、僅か2週間で尾道を愛する人々の9,538筆の署名を集めた。その後、マンション建設予定地の3億5千万円の買収、さらにその敷地に尾道白樺美術館の建設へと発展して行ったが、この運動が市民運動に昇華することはなかった。その原動力は、丸善製薬(株)会長日暮兵士郎氏、社長日暮彰文氏を中心とした限られた尾道を愛する個人、企業オーナーの景観に対する強い思いと集金力募金力であり、大半の市民は対岸の火事だった。

2015年11月25日午前10時、尾道選挙管理委員会に条例制定請求代表者コレプファ・カオリ氏が24,780筆(3,162冊)の尾道市民の署名を手渡した。この署名は、署名日、住所、氏名、生年月日と印(拇印も可)という非常に厳しい条件下で行われ、それだけに尾道市民の意識が高まっていった。
これで、自治法に定められた尾道市民の全有権者の自署による50分の1の署名(約2,500名)の10倍という圧倒的な多くの市民の支持を得て第一関門は突破した。
今後は、選挙管理委員会が署名簿を審査し、縦覧期間中の異議申し立てがなければ、条例制定請求代表者に署名を返付される。そして条例制定請求代表者から尾道市長に署名簿を添えて条例制定請求書の提出。市長は条例制定の請求を受け、市議会臨時会を召集する事となる。
問題なのは市議会臨時会でどのような結論が出るかということである。
多くの市議会議員は市長の進める市庁舎新築案をすんなりと採択した。それは歴史的文化的価値の高い、しかもまだまだ使える市庁舎本館と公会堂を解体し、その跡地に1.7倍の巨大な市庁舎を、それも南海トラフ巨大地震による津波が来る海辺で免震構造の市庁舎を新築するという無謀な計画だ。
しかし、尾道市民はその市庁舎新築案の実態を署名運動によって知り、尾道市が市民に説明してきた多くのことに疑問を抱く様になってきた。広報おのみちを通じて市民に伝えてきた情報、尾道市長が市民に伝えてきた「合併特例債は助成金のようなもの」がまったく信用できるものでないことを知ってしまったのだ。そしてだめ押しが、7ヶ月も公開されなかった建設予定地の液状化問題と、その影響を当然受ける市民への対応策がまったく放置されているという事実だ。不信感は燎原の火のごとく、広がっていくだろう。

尾道市議会議員はこれから多くのことを学んでいくであろう。
その一つ、議員というものは「理事者から与えられた情報を精査し、自らの手でその情報の信憑性を判断する総合力がなければ職務を全うできない」ということ。また、市議会議員あるいは市長といえども、市民の信頼を失えば、近い将来、その職務を必ず解かれ、ただの一市民になるということ。
尾道市長、市議会議員の最優先課題は、市民の生命を守り、市民の文化的経済的な日常の豊かさを如何に獲得し持続させるか、先人たちが築きあげた綿々たる尾道の歴史文化を現代からどのように未来に持続伝承させるかではないだろうか。(2015年11月25日)


「日本遺産」に認定された尾道市が、まだまだ使える優れた*モダニズム建築[増田友也設計の市庁舎本館と公会堂]を破壊するのを傍観するのは、尾道市民として恥ずべき行為である。

2015年7月25日発行のCasa BRUTUS(カーサブルータス)保存版で「ニッポンが誇るモダニズム建築全リスト」完全保存版 トラベルガイドに尾道市庁舎本館と公会堂が記載されている。


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