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尾道まちづくりシンポジウム

「ふるさと創成一億円」を尾道は何に使ったか...。
尾道まちづくりシンポジウム
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 1988年から1989年にかけて、日本中が竹下政権の「ふるさと創成一億円」に湧いていた。大小を問わず、地方自治体に一律一億円がばらまかれるというのだから、世の中は大騒ぎだ。
 そんな中、尾道市は無頓着に平然としていた。当時の尾道市は、一億円をどう使うかという智慧も持たず、市民と共にその使い道を考えるというスタンスも持ち合わせていなかった。
 「尾道じゅうにん委員会」はそんな尾道の将来に危機感を抱いていた。広島県企画振興課、尾道市企画財務部、広島経済同友会尾道支部、(社)尾道青年会議所に声を掛け、尾道まちづくりシンポジウム「一億円をどう活用するか」を開催した。1989年3月26日のことであった。
 シンポジウムのプログラムには、次のような「尾道じゅうにん委員会」の挨拶文を掲載している。

 「地方の時代」といわれ久しくなります。そして今「ふるさと創生」という掛け声と共に「地方自治」の意味が真に問われています。一億円の使途に関するセンセーショナルな議論だけに終止することは、避けなければなりません。
 まちづくり(ふるさとづくり)とは、決して都市計画や地域計画だけにあるのではなく、その地域に住む人々自らが考え、行動することで成し得るものだとと思えるのです。そしてまちづくりとは、何よりもその地域(まち)の特性を生かし、これから来る時代に合った新しい価値を発見することが重要となるのです。
 「歴史は螺旋状に進歩する」と云われます。技術革新という軸を中心に左右に大きく揺れ動きながら、進歩して行くという意味でしょう。「まち」にも先人たちが汗し築いて来たそれぞれ固有の歴史があります。私たちには、尾道という「まち」の歴史の軸を正しく読み取り、まちづくりに取り組む責任があるのです。
 今回、自治省が発表した「自ら考え自ら行なう地域づくり事業」を契機に、今こそ私たちは考え、行動しなければならないと思うのです。「尾道は、私たちにとって何であるか、私たちはどういった尾道を求めるのか。そして私たち市民は、尾道のため、子供たちのため私たち自身のために、何ができるか.....」
         1989年3月26日
         尾道じゅうにん委員会


■尾道まちづくりシンポジウム
「一億円をどう活用するか」
主催/尾道じゅうにん委員会
後援/尾道市・広島経済同友会尾道支部・社団法人尾道青年会議所


パネルディスカッション-PART 1-

パネリスト
岡河 貢(建築家・東京工業大学工学部非常勤講師)
川平孝雄(NTT中国総支社総合通信システム営業部長)
菅原良郎(広島県企画振興部地域振興課長)
戸田芳樹(株式会社戸田芳樹+風景計画代表取締役) 高橋秀幸(彫刻家・尾道じゅうに委員会メンバー)

パネルディスカッション-PART 2-
PART 1のパネリストに次のパネラーを加え、8名のパネリストの方々で討議いただきます。

パネリスト
安保雅文(社団法人尾道青年会議所理事長)
富島正路(広島経済同友会尾道支部副支部長)
日谷 寛(尾道市企画財務部く企画課長)

コーディネーター
野間圭介(尾道短期大学経営情報学科助教授・尾道じゅうにん委員会メンバー)
 尾道じゅうにん委員会は、このシンポジウム後、「アイアン・パルテノン構想」に着手し、同年10月尾道まちづくりシンポジウム第2弾 味なしんぽ「食べながら夢を語る人々」で構想を公表した。
 尾道市はグランドデザインを描くことなく、一億円を野外彫刻群と公衆トイレに投入したが、市民の関心を集めることはなかった。

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