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尾道ラーメンって何?

本当の話!! 尾道ラーメンの生い立ちとは...。
尾道ラーメンって何?
尾道ラーメンって何?

尾道ラーメンはいつどこで生まれたのか
 ラーメンに個人情報保護法が適用されるとは思えないので、あえて吾輩が入手した、その生い立ちにまつわる情報を公開しようと思う。
 そもそも尾道のラ−メン店の老舗といえば、「朱華園」「つたふじ」「みやち」「一楽」といったところだろうか。尾道市民から半世紀近く愛されてきた、これらの老舗のラ−メン屋さんの店内にかけられたお品書きは「ラーメン」ではなく「中華そば」だ。
 そして、これらの老舗の中でも「朱華園」は特に有名で、尾道人は「朱さん」と呼んでいる。
 今でこそ「地域ブランドづくり」は盛んだが、1980年代はといえば、「ブランドづくりって何?」というのが当時の尾道の偽ざる現状であった。 
 そんな中、今から20年くらい前、尾道の古浜町にある製麺所「株式会社はせべ」の先代の社長・長谷部 貴(はせべ たかし1927-1993)氏が、おいしい尾道のラーメンを全国に広めたいという長年の夢を実行し、「尾道ラーメン」と名付けたラーメンを武器に全国的に店舗開業支援並びに普及につとめた。これが「尾道ラーメン」が世に出た始まりである。
 このとき長谷部氏が作り上げた「尾道ラーメン」の定義(麺は平麺で、魚の出しを使った醤油味に背油を浮かべる)がその後広く定着したのだ。
 そして10年の歳月が流れた1994〜5年頃、尾道に隣接する福山市の鞆ノ浦で、珍味屋のA社が「ラーメン」の大量生産によるお土産品づくりに取組んでいた。もちろんモデルは尾道の「朱華園」の中華そばや「株式会社はせべ」が展開している尾道ラーメンであるのことは一目瞭然だ。麺は尾道市内の製麺所I社が担当した。

幻の「福山ラーメン」
 商品が完成し、ネーミングが問題とになった。当然、御当地の名前をつけようということになった。「福山ラーメン」がまず最初に候補に上がった。しかしながら、その当時は福山市民でさえ、「福山と云うてもだ〜れも知らんがな〜。」という福山の知名度であった。
 その点、尾道は「岡山県、それとも広島県」かは知らないが、あの林芙美子の、大林映画の「尾道」ということで有名であった。このバツグンの知名度を使わぬ手はない。結局、尾道の「株式会社はせべ」の了解を得て、「尾道ラーメン」の商品名で売り出すことに決まった。

通は「中華そば」という
 そんなわけで、「尾道ラーメン」という商品名が、その後、尾道市内の業者から全く縁もゆかりもない他県の企業まで巻き込み、さまざまな企業の思惑で仕掛けられ、「御当地ラーメン」のブームに乗ってブレイクするに及んだというのが真相だ。有名になると、猫も杓子も「尾道ラーメン」一色になってしまう。まっ、猫の行き交う尾道だから、それも当然かもしれないが...。
 ともかくも、老舗の中華そば(ラ−メン)屋では禁句がある。くれぐれも『尾道ラーメン』とは云わぬこと。老舗でラーメンを食べたければ、たった一言『中華そば』

 *尾道になかなか来れない人のために、とっておきの情報をお教えしよう。数ある尾道ラーメンの中では、吾輩が一番おすすめできるのが『がんぼう尾道ラーメン』だ。


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