トップ路地(露地) > 山城戸小路

山城戸小路

やまきどしょうじは天正12年頃に遡る古い路地だと...。
山城戸小路

山城戸小路
山城戸小路
 尾道町のほぼ中心から北に向かって長江という登り坂の通りが続く。長江とは中国の「ちょうこう」ではなく、「ながえ」と読む。
 昔、このあたりが長い入り江になっていたからだという。古くは、万葉集に詠まれた長井裏は、この長江浦だという説もあるそうだが、定かではない。
 この長江通りは出雲街道ともいわれ、世界遺産となった山陰の石見(大森)銀山から尾道港に銀を運び出した「銀の道」とも呼ばれていた。しかしながら、過酷な賦役を沿線の地域に強要されたため、その歴史はあまり残されていない。(銀の道は「塩の道」ともいわれ、瀬戸内の塩が山陰に運びこまれた道でもあったという。)
 今でもこの長江通りを歩いていると、古い町家が目に止まる。そして、大宝山(千光寺山)と愛宕山(西國寺山)に囲まれたこの谷間を縫うように続く長江通りには、大樹の幹が左右に枝を伸ばすように、興味をそそる多くの路地が存在する。

 その代表格が『山城戸小路』だ。「山城戸」とは、千光寺山斜面地を指し、「山木戸」とも書いていた。天正12年(1584年)尾道市の北部、木梨の杉原民部大輔元恒が千光寺山城を築いて、この地に城戸を設けたことから、このあたりを「山城戸」(やまきど)と呼んだそうだ。
 この小路の入口角には蔵があり、道路を挟んだ反対側には、昭和を感じさせるモルタル二階建ての建物が建っていて、この小路の面白さを予感させるものだ。



 ほんの十数年前は、両側には町家が続き、路地らしい風情をもっていたが、今では、入口や小路のあちこちが路地の天敵「駐車場」に蝕まれている。とはいいながら、それでもまだまだ吾輩の髭がピクピク反応するほどの魅力を醸し出す路地ではある。
 ずんずん路地を進んで行くと、有るは有るは!! 路地からまた路地、ちょっと気を引く門構えや塀のある家々。



 登ってきた坂道を振り返れば、アレ!墓、墓、墓が丘の稜線を埋め尽くした光景が飛び込んで来て、実に面白い風景だ。尾道はやはり、天国に繋がってる町なんだなぁ...。

   
路地の情報
名称
山城戸小路
1m〜2m
長さ
約163m
動線種類直線
くねくねの曲線
方向
ほぼヨコ軸(東西)
こう配平坦
勾配のある坂
舗装地道
両側の建物
モルタル、木造

舗装の年季度
生活臭
尾道的風情度

バックリンク(7) 参照(3999)

路地ニャンシャーロック
会計レジを見る








三井住友外貨宅配
メルマガ登録・解除


路地ニャン公の独り言
copyright bisansecession Powerd by