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昭和初期のお好み焼き

「尾道にお好み焼き屋がいつ頃出現したか」これは大いに興味深い研究...
昭和初期のお好み焼き

「尾道にお好み焼き屋がいつ頃出現したか」これは大いに興味深い研究テーマだ。早速、吾輩はある御仁を訪ねた。米場町でお好みを焼き続けて48年、大正12生まれで今も現役バリバリの「小林お好焼」の女将さんだ。
彼女いわく、「いつ頃からお好みがあったかは、知らんじゃんねぇ。うち(私)が小学生の頃(推定昭和7〜8年)には、よ〜けい(たくさん)ありましたがな。一番おいしゅう(美味しいと)思ったんが、西國寺大門入口のガードの下で、歯の抜けたおばさんが焼いていたお好みよねぇ。当時は炭で焼いとられて、鉄板に一枚づつしか焼けない小さい鉄板で。
それがねぇ、お好み焼きを新聞でくるんで呉るんよ。それを家にもって帰って食べようとしたら、お好みに新聞の活字が写っとるんよ。(笑)
あの頃は衛生観念は薄かったからねぇ。
そうそう、あの頃のお好みはネギとかまぼこ1切れと天かすしか入ってなかったですよノ.」
「一銭洋食」と「お好み焼き」の線引きは、今のところ不明だが、一銭洋食にキャベツが入り、お好みの具を入れて、よりおいしくより贅沢な庶民の味として発展してきたことは容易に想像できるところだ。

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