トップ国内外見聞録 > 東京見聞録(浅草・神田編)

東京見聞録(浅草・神田編)

さまざまな顔をもつ東京だが、ぞっこん惚れ込むね、この街は...。
東京見聞録(浅草・神田編)
国内外見聞録関連ページ
しまなみ海道・潮流体験 ナポリからプローチダ島へ 久保田彰チェンバロ工房 函館ひとり旅-その1 函館ひとり旅-その2 旭山動物園(その3) すし処 ひさ田 プローチダ島(その1) そば料理 福塩線 マテーラ(その2) マテーラ 「ヴェランダ」というカフェ プローチダ島(その2) 小泉淳作の「双龍図」 ボラボラ島(2) ボラボラ島(1) 美しい風景(その1) 東京の秋の色 バルトの宝石・琥珀 エストニア(その2) 秋色の大山 エストニア(その3) エストニア(その4) 隠岐島の印象 野外広告塔の海外事情 シャウレイの「十字架の丘」 バルト三国の石畳事情 バルトのウエイトレスたち 世界遺産の都市リガ カウナス 外交官・杉原千畝 美女の住む国 ヴィリニュス ヴィリニュス国際空港 ヘルシンキの雨 年越しの道後温泉 内子町のお正月(その1) 内子町のお正月(その2) 備中国分寺のお正月 猪熊弦一郎現代美術館 台湾のダイエットツアー(1) 台湾のダイエットツアー(2) 台湾のダイエットツアー(その3) 東京見聞録(築地編) 東京見聞録(浜離宮、浅草、原宿編) 熊本見聞録(その1) 東京見聞録(浅草の「鰻」編) 熊本見聞録(その2) 近江八幡の水郷めぐり 「風の音」(1) 風の音(2) 晩秋の仏通寺 八勝館(その1) 八勝館(その2) 八勝館(その3) 中富良野の山荘 新星館(その1) 新星館(その2) 横浜 旭山動物園と富良野の花たち(1) 大歩危という渓谷 バリ島とジャワ島の「千円商法」 セブ島の思い出 ラッフルズの「ロングバー」 上海見聞録 アユタヤの王国 湯布院の魅力 東京見聞録(浅草・神田編) 東京見聞録(神田神保町編) バンフとカナディアン・ロッキー ウルムチ(烏魯木斉)・トルファン(吐魯番) 吉野ケ里遺跡 ウィーンのお犬様 倉敷観光 三原・仏通寺観光 亀老山公園の恋人岬 竹原という日本の原風景 水無月の京都の美(1) 水無月の京都の美(2) ヘルシンキのムーミン 再び北欧の地へ エストニア(その1) 旭山動物園と富良野の花たち(2) 猪熊弦一郎現代美術館 函館ひとり旅ー特別編2 函館ひとり旅ー特別編 バンフとカナディアン・ロッキーのコピー 猪熊弦一郎現代美術館

【神谷バーは浅草1丁目1番1号】
 永井荷風など多くの文学者が愛した東京の下町といえば浅草。浅草と言えば浅草寺の雷門(風雷神門)とウ○○を連想させる奇妙なアサヒビールのビルディングが脳裏に浮かぶ。
 そんなわけで、吾輩は浅草寺から賑わいの仲見世を抜け、雷門をくぐりすぐ左に曲がり、トコトコ歩いて行ったら前方右手に例のウ○○が見えて来た。しばし、交差点越しにその建築物を眺め、ふと振り返ると、神谷バーがあった。この店は明治13年創業という由緒ある下町の社交場であるが、何といっても印象深い「浅草1丁目1番1号」(写真下/左)。いいねぇ、この看板。ここが元祖浅草で、全てはここから始まると云っているようだ。

 写真下/右は、明治15年に考案された神谷バー名物のカクテル「デンキブラン」。ブランデーをベースにしたシャレた飲み物ということでこの名が付いた。当時は文明開化のシャレものには「電気○○」と名付け、ちょっと誇らしく背伸びをしたようだ。(アルコ−ル度数30度と40度の二種類)

*写真の上にアイコンを置くとタイトルがでます。



明治17年創業の「神田まつや」
 赤瀬川原平さんの『ぼくの神田体験』(隔月刊誌『自遊人』2006年3月号)に誘われ、東京にはめったと行かない吾輩は、地図を頼りに「おのぼりさん」のミーハーを決め、二日間かけて神田神保町を巡り歩いた。浅草からつくばエクスプレスで秋葉原に出て、山手線で神田駅に降り立ち、めざすは『神田まつや』。腹が減っては健脚といえども足は進まぬ。神田には有名な「やぶそば」があった筈だが、記憶をたどっても、吾が脳みそはさっぱりケータイナビ的機能を発揮しなかった。
 雑誌「自遊人」のマップを頼りに、持ち前の臭覚で目的地『神田まつや』を発見した。大正14年築の建物には入口が二つ、「さて、どちらから..。」と思っていたら向かって右側に入口の表示。ガラッと引き戸を開けてビックリ、中ではざっと数えて50人くらいの客がそばを食していた。明治17年創業の「神田まつや」で、吾輩は天もり(=天せいろで大きな海老天婦羅だったなぁ1,800円)とビールの小瓶(そば味噌付き550円)で江戸っ子気分を味わった。



神田の喫茶店の草分け「ショパン」
 次は、喫茶店「ショパン」に行くことに決めていた。「神田まつや」を出て、再びマップを見ると、何なに、りそな銀行を右に折れて....。きょろきょろしてると、右手に「ショパン」の看板が目にとまった。
 何の変哲もないビルの一角にこの店はあった。平成元年にこの地に引っ越してきたという。ドアを開け、店内に入ると、印象はガラッと変わった。昭和8年創業の昔の店舗がそのまま大切に継承されているのだ。何気なく選んだ席には、木彫の猫の灰皿(著名な彫刻家の作品らしい)が置かれていた。ニャンとなく不思議な縁を感じるなぁ。ショパンの曲が流れる中で、ステンドグラスが醸し出すゆとりの時間をしばし楽しんだ。
 「ショパン」を出て、ふと前を見るとあの「やぶそば」があった。吾輩は思わず一人で苦笑い。「ショパン」探しで目に入らなかったのだ...。
 ともかくも、次なるは、かの有名な「路上観察学会」誕生の地、神田神保町をめざすことにした。



神田神保町の猫
 神田から神保町までどのくらいあるのか、分けも分らずトコトコ歩いた。靖国通りをひたすら歩き、いつのまにか大きな交差点の右手前方に明治大学、左手には書店が居並ぶすずらん通り。と、するとあの当たりが「錦華公園」で、その上あたりが「山の上ホテル」か。
 フ〜ン..ここは小学校か、と思いながら歩いて行くと、石碑が目に止まった。エェッ!、夏目漱石!!.....しかもその碑文は、かの有名な「吾輩は猫である。名前はまだ無い」。感激だねぇ。何とこの小学校(お茶の水小学校=元錦華小学校) で漱石先生は学んだのだ。これで、どこかにあの『猫』の子孫がいれば最高なのだが...。と、錦華公園に入って行くと、居たのだ。「猫」が...。





バックリンク(9) 参照(7161)

路地ニャンシャーロック
会計レジを見る








三井住友外貨宅配
メルマガ登録・解除


路地ニャン公の独り言
copyright bisansecession Powerd by