トップ > 030 七佛めぐり > 海龍寺

海龍寺

(かいりゅうじ)あなたの才能が開花します!
海龍寺
海龍寺

<開運>技芸上達祈願

真言宗泉涌寺派
 境内には文化7年(1810年)の文楽之石碑と文政3年(1820年)の初代竹本弥太夫の墓がある。海龍寺略縁起によると「江戸末期、尾道の浜問屋の旦那衆が、大坂から文楽師匠を招いて余暇を楽しんでいて、師匠の死後、追善供養のため建てたものである」と記されている。人形浄瑠璃に因み、右側のお経塚を撫でながら念じることで、参拝者の持ち前の才能が開花するといわれている。

代表的寺宝
千手観世音菩薩(県重文)・不動明王(市重文)・初代竹本弥太夫の墓・阿弥陀如来

御本尊
千手観世音菩薩

開山・創建
永仁6年(1298年)

寺縁起
 転法輪山 海龍寺は、隣接の浄土寺の塔頭として位置付けられるまで、かなりの曲折があった。
 寺の略史によれば、文治2年(1186年)太田庄が高野山領となると、浄土寺と僧坊の再建が始まった。寛元3年(1245年)、和泉渕信によって曼茶羅寺が建立され、本尊として千手観世音菩薩をお祀りした。永仁6年(1298年)奈良西大寺の真言律宗の僧・定証上人が安居され、多くの授戒会を催された。
 徳治二年(1307年)に大本山浄土寺の塔頭になり、江戸時代の寛文2年(1662年)にいたり、曼茶羅寺が現在の「海龍寺」となった。その後、奈良西大寺末から京都泉涌寺末となり、浄土寺の末寺として、常に大本山浄土寺とともに歩む関係が続いている。

海龍寺情報 (1)くさり山(石鎚山にかわる修験者の行場)(2)人形浄瑠璃・文楽の石碑(3)姿三四郎のモデル柔道家・西郷四郎の拝んだ念持仏(4)巨岩に彫られた「不動明王像」(5)中国地蔵尊第九番札所

722-0043
尾道市東久保町22-8
TEL 0848-37-6251  FAX 0848-37-5149


大きな地図で見る

バックリンク(10) 参照(1917)

路地ニャンシャーロック
会計レジを見る








三井住友外貨宅配
メルマガ登録・解除


路地ニャン公の独り言
copyright bisansecession Powerd by