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甦ったフェアレディZ432

42年前のフィーリングを再び体感!!。唸るエンジン...。
甦ったフェアレディZ432

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ついに甦った1969年製(1970年1月登録)のじゃじゃ馬!

 日産サティオ福山(株)尾道高須店の工場長・高田佳典氏と出会ったことで、愛車の運命は大きく変わった。この尾道高須店は、ディーラーでありながらハコスカやハコスカGT-Rの再生工場のようだ。彼の腕を頼って様々な状態のハコスカが集まってくる。
 Z432と同じメカニズムのエンジンを持つハコスカGT-Rを数多く手がけていることへの技術的信頼と高田氏の車へ注ぐ愛情が並のものではないという実感が、私の愛車再生を決断させた。2011年6月にドックインし、トラブルを乗り越えながら、半年がかりでついに2012年1月10日再び甦ったのだ。新車登録をした1970年1月9日から数えて42年と1日振りの完全復活である。


 シャシー番号PS30-00049、エンジン番号S20-000876というこの愛車は、吾輩が最初のオーナーではない。1969年、学生だった吾輩に親戚の開業医H氏がフェアレディZ432のカタログを見せてくれたのだ。そのスタイルの斬新さに吾輩は胸をときめかしたことを今でも鮮明に覚えている。「いいですね。この車!」「トヨタ2000GTを売ってくれなくてねぇ、この車を注文したんだ!」


 1970年1月9日、その車が尾道の開業医H氏のところへやってきた。とにかく当時としては桁違いの凄い車だった。化け物のようなエンジンをもつZ432の助手席に乗せてもらいドライブを楽しんだ。やがてこの車を借りて長距離ドライブも楽しむようになり、Fairlady Z432の虜になった。
 吾輩は社会人となり、たまたまフェアレディ240ZGの中古車を手に入れることができた。車体を全塗装し、ウエーバーキャブレター45口径の三連を取り付けて乗り回した。しかし、Z432の存在は片時も頭から離れなかった。240ZGを手放し、開業医からZ432を譲り受けたのが、確か1980年頃だったろうか。
 そんなことで、吾輩はこの車の二番目のオーナーとなったが、この車に関して吾輩以上に知るものはいないだろう。


 吾が愛車の新車当時の色はシルバーメタリックだった。そして今は黄色に変っている。なぜオリジナルの色を変えたのか、それには訳があった。一つは、どういった理由か判らないがガソリン注入口の周りの色が斑状態に変色したこと。二つ目は432のエンブレムが再三盗難にあい、傷つけられたこと、最悪だったのは、京都二条の鴨川沿いにあった瀟酒なFホテルに宿泊して、すべての「Fairlady Z」と「432」のエンブレムがドライバーのようなもので傷つけられ、取り外され持ち去られていたことだ。ショックだったねぇ。今考えると、味方を変えれば、当時はそれだけこの432は注目の的だったのだ。
 そんなことが重なり、今から27〜28年前かと思うが、エンジンを降ろし、オール塗装に踏み切った。部分塗装では、シルバーメタリックは色を合わせにくかったし、オール塗装をするのだからいっそ違った色を塗ってしまえ、ということで、シルバーメタリックの塗装を薬ですべて剥がし、新たに幸せ色の黄色にすることを決めた。しかし、当時のfairladyの純正カラーはレモンイエローで好きではなかった。いろいろ悩んだ末、ポルシェカラーの黄色にした。

 2012年1月9日、実に42年ぶりに甦った愛車は、エンジン音が今までとは幾分静かになり、忘れかけていた新車当時のパワーが復活していた。アクセルを踏み込めば、なめらかに回転がイエローゾーン(7,000rpm)の手前まで一気に噴き上がる。いままで排ガス規制で生産中止となった有鉛ハイオクガソリンの替わりに無鉛ハイオクガソリンに添加剤を加えていたが、このたびのOHで添加剤は不要となり煩わしさがなくなった。
 そして、もっとも大きく変わったのがタイミング・チェーン・システムからR Factoryのカム・ギア・トレーン・システムとなったことだ。そのため2,000rpmから3,000rpmの間でギア特有の唸り音がするものの、高速走行では全く気にかからない。このシステム変更により、オイルポンプもギアトレーンオイルポンプとなり、油圧計の針が通常の1.5倍反応することとなった。また高速回転のギアに合うようエンジンオイルは、粘度が高くと耐熱性に優れたWAKO'Sの25W-50を使用することとなった。そのため、冬期には暖気運転に少々手間取る。

 結局、このたびのエンジンのOH(オーバーホール)に使われた交換部品は約120種類535個で、ほかにオーバーホール済みの3連ソレックスキャブレターを購入し交換、そしてミッションのオーバーホールなど、正に平成の大修理となってしまった。


 そんなわけで、新車同様となったエンジンは走行距離123,837kmが再スタートとなった。馴らし運転は124,800kmまで4,000rpm、125,800kmまでは5,000rpm以下に押さえるという我慢の走行を終え、晴れて制約の枠を外れ、今日まで高速走行を500kmほど楽しむことができ、大いに満足している。
 2012年6月19日現在の総走行距離は126,314km(約2,500km)。馴らし運転のためとはいえ、半年で通常の一年分を越える走行をしたとは、吾ながら良く頑張ったものでる。42年昔の青春の記憶は再び実感できたことだし、そろそろ新たな人生の道を選択をすべく、敢えて愛車を手放そうと考えている。




 手放そうと思うのだが、より完璧にと手を加えていくので、車はより最高のコンディションにどんどん近づくばかりだ。2013年8月17日、以前より気になっていたデフのカキンという音を直そうと車検整備を兼ねてドックインした。その結果、デフのバッククラッシュ調整、パッキン他、足回りブッシュ、強化デフマウント等々の交換を終え、音はピタリと止まり、足回りはピリッと締まった。
 それでもより完璧を!と細部が気になる吾輩の性分。2013年10月30日、エンジンルーム内にあるさまざまなメッキ部分をメッキ工場に出し、ピッカピッカに再生させるため、ふたたびドックイン。約一週間で仕上がってくるという。  時間が経つにつれ、ヨタヨタしてくる吾輩の肉体。それに比べて、この車だけには若返りの特効薬を与え続けてきたわけで、そのギャップは大きくなるばかり。情けないと思いながらも、こればかりはどうにも埋めようがない。
 もうすぐ瞬時に7,000回転近くまで噴上がるS20のパワーについていけなくなるのだと実感しつつも、ひたすらほかに直すところはないかとキョロキョロしている吾輩の目玉だけはまだ元気がいい。

 耳の性能も昔程ではなくなったが、この車の音に関してだけは敏感で小さな異音にもすぐ反応する。一ヶ月前のある日(2014年2月)、助手席後部の下あたりからチリンチリンという小さな異音がするのに気付いてしまった。早速、その原因を追求しなければ落ち着かない性分だ。またまたドックインして調べてもらうと、どうもイグゾースト・チューブ(タコ足)とマフラーのジョイント部あたりに問題がありそうということになった。
 主治医の案内でピットにもぐり、車体の裏を眺めていると、十年あまり前に鉄製のマフラーに小さな穴が開いていて、溶接で急場を凌いでいたことを思い出した。主治医の高田工場長と相談し、社外品ではあるが腐食の心配がないZ432用ステンレス・フルスケール・デュアルマフラーがあると聞き、すぐさま注文してしまった。
 その翌日、チリンチリンという音は止まっていた。推測するに、主治医がマフラーを揺ったりしていたのでイグゾースト・チューブとマフラーの継ぎ目の密着度がよくなった結果だと一人で納得した。
 2月末、新品のステンレス フルスケール デュアルマフラー(432専用)を装着し、エンジンをかけて驚いた。もの凄い爆音がするのだ。これには閉口し、音を下げてもらう工夫を依頼した。主治医は即座に新しい対処療法を考えた。
 2014年3月8日、新しいマフラーの装着後では初めてのキャブレター調整も行い、スロー回転が今までになくスムーズで、タコメーターはピタリと1,000回転を示している。排気音も注文通りにやや小さくなり(とはいっても純正マフラーの排気音よりは大きい)、交換前とは違った音色だが、力強く気持ちが良い。
 マフラー交換により排気が一段と効率よくなったのか、エンジンのパワーアップを感じる。秘められたポテンシャルが引き出されたようで、アクセルの踏み込みにレスポンスが小気味好い。  そしてついに、リアのナンバープレートに比べ、かなり汚れや痛みのあるフロントのナンバープレートだけを再交付してもらった。文字通り新車登録時のナンバープレートが甦った。

 手を加えるというのは際限がないものだ。たまたまフロントウインドの掃除をしていたら、ガラスウェザー・ストリップが硬化していて、角のモールを押さえる部分が2〜3cmほど破損しいるのに気付いた。部品が入手できるとのことで、再びドックイン。2014年7月4日、弾力性のある新品ウェザーストリップがフロントガラスにぴったりはまった。
8月に入り、運転席、助手席の床に錆と腐食による穴を発見し、ステンレス板を使用して以後20年は問題ないとの保証付き改修を完了し、最近の防音シートや片面ゴム板のついたフェルトを新調し、万全を期した。またスペヤタイヤの格納部にも錆を発見し、30年前にポルシェカラーの黄色に塗装していただいた小林鈑金塗装で錆止めを塗布後、再塗装していただいた。これ以上、手を加えるところはなくなってしまった。
 なぜ、そこまで完璧に補修を行ったか。それはたまたまこのページをご覧になった二人の方がほぼ同時期に吾が愛車にラブコールを送ってこられたからに他ならない。嫁に出す親の気持ちと同じかも知れない。最善を尽くし、ベストの状態で、送り出してやりたかっただけのことである。
 尾道市は歴史文化を大切にするまちづくりを大幅転換し、リスクのある合併特例債なるものを充てにして、「大規模な市庁舎新築」という時代遅れの箱物行政に一歩も二歩も踏み込んだ。こんなまちに吾が愛車は不似合いだ。2014年9月8日、70年代の青春とおさらばすることを決意し、ラストランは740km、快適な最後の長距離ドライブとなった。もう”あの黄色のZ”は尾道で見かけることはない。
 
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