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薩谷和夫

さつやかずお(映画美術監督)、尾道をこよなく愛した人である。
薩谷和夫
薩谷和夫
薩谷和夫

尾道ファン倶楽部・名誉会員

 「尾道へは、<転校生>の前にも何度か行っているんですよ。<ハウス>が終わったときに、打ち上げといいますか、大林監督がメインスタッフを尾道に招いてくださって、向こうで釣りをしたりして。小津さんの『東京物語』を見ていいところだなァって思ってましたから、お誘いを受けたときには迷わず行くことにしました。やっぱりよかったですよ、ちょっと違うんですね、ほかの 土地とは...。
 それはね、”人”なんですね。たとえば尾道は古い町並みがいいなんてよく言われますけれども、よく見れば、昔のものってのはそんなにたくさんはないわけですよ。合成樹脂の塀なんか使ってるところもいっぱいあるんですね。そりゃあ住んでる人にしてみれば、そのほうが経済的だし、あの急な坂を運ぶのだって楽だし、そっちのほうが機能的にいいわけですよ。でも、そういうものを風景が呑み込んでしまうというのかな、古いものと新しいものが同じ場所にあっても異質に感じさせないという、空間の包容力が尾道にはあるんですね。....(中略).....尾道は、”人”が生きて生活している。それが風景を作りあげているから、新旧のものが非常にうまくとけ合っているんです。」

 左の薩谷和夫さんの似顔絵は、漫画家かわぐちかいじさんの実弟川口協治さんによるもの。下のサインは薩谷和夫さん直筆のもの。

 尾道を愛した薩谷和夫さんにとって、最後の作品となってしまった尾道風景を描いた12枚の絵はがきがある。

【略歴】
1935年7月20日生まれ。本籍地東京都赤坂新町。
永田町小学校、麹町中学校、明正高校、青山学院文学部入学後、中退。
東宝撮影所美術課入社、約18年でデザイナーとなり、「転校生」の年にフリー(第1作)。
以後、尾道三部作をはじめ、大林宣彦映画監督との仕事が90%を占めた。
 仕事の傍ら、こよなく愛した尾道のスケッチ12枚の絵葉書制作に取組んでいたが、完成直前の1993年1月6日、永遠に帰らぬ人となってしまった。

【出演】
麗猫伝説  劇場版(1998)

【脚本】
日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群(1988)

【美術】
学園祭の夜 甘い経験(1970)
俺の空だぜ! 若大将(1970)
夕日くん サラリーマン脱出作戦(1971)
若大将対青大将(1971)
恋の夏(1972)
白鳥の歌なんか聞えない(1972)
卒業旅行(1973)
修羅雪姫(1973)
夕日くん サラリーマン仁義(1973)
野獣狩り(1973)
グアム島珍道中(1973)
急げ! 若者(1974)
ゴジラ対メカゴジラ(1974)
血を吸う薔薇(1974)
阿寒に果つ(1975)
がんばれ!若大将(1975)
告訴せず(1975)
惑星大戦争 THE WAR IN SPACE(1977)
アラスカ物語(1977)
愛の嵐の中で(1978)
ピンク・レディーの活動大写真(1978)
金田一耕助の冒険(1979)
トラブルマン 笑うと殺すゾ(1979)
すっかり…その気で!(1981)
帰ってきた若大将(1981)
転校生(1982)
コールガール(1982)
少年ケニヤ(1984)
F2グランプリ(1984)
廃市(1984)
天国にいちばん近い島(1984)
姉妹坂(1985)
四月の魚(1986)
彼のオートバイ、彼女の島(1986)
トットチャンネル(1987)
漂流教室(1987)
異人たちとの夏(1988)
日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群(1988)
北京的西瓜(1989)
YAWARA!(1989)
ふたり(1991)
はるか、ノスタルジィ(1992)
私の心はパパのもの(1992)
青春デンデケデケデケ(1992)
脱出(1992)
喜劇 やさしくだまして(1992)

など50本を超える。


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