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西郷寺

鳴き龍天井で有名な西郷寺に舞い散る桜の美しいさは...。
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 「大屋根はみな寺にして 風薫る」ではないが、猫の額ほど狭い尾道町の中に、さまざまな宗派の寺が驚くほど数多くひしめき合っている。吾輩が知るだけでも、真言宗、臨済宗、曹洞宗、浄土宗、浄土真宗、日蓮宗、時宗.....などなど。
 尾道には時宗の寺も数多いが、その中でも西郷寺は是非とも、吾輩が紹介したい寺の一つだ。

 鎌倉時代末期の正慶年間(1332〜1334)の創建と伝えられる時宗の寺・西郷寺は、尾道市立久保小学校の校庭と体育館に挟まれた坂道を抜け、石段を登り詰めたところにある。
 切妻造りの山門を(国重文)くぐり、正面に現れる本堂(文和二年)は700年の風雪を経た今も、まるで日本美の極ではないかと思われる清楚で風格のある美しい姿を見せている。
 二代託阿上人の発願による本堂は創建以来、相次ぐ修理でその様式も変られたが、昭和39年の解体大修理で創建当時の姿に復元され、時宗の本堂形式では最古式で、比類なき名建築が甦った。
 本堂に入ると、内陣には足利尊氏の軍中の守り本尊といわれる阿弥陀如来が安置され、板張りの外陣中央に座りポンポンと手を打てば「ビーン、ビーン」と、まるで龍が鳴くように冴えた音が響き渡る。この本堂を拝観できるのは、毎週土、日の午前9時から午後4時までと限られている。
 運がいいというのはこのことか。吾輩が西郷寺を訪れたこの日は、たまたま境内を年に2日間だけ桜の花びらが散るままにまかせる日で、境内は美しく桜色に染まっていた。



 創建当時、この西郷寺は「西江寺」と書かれていたことが、本堂正面に掲げられている額に記された文和3年(1354)の在銘から伺うことができる。
 かつては、この寺の下方には防地川が流れていて、その川面に浮かぶ名月の陰を西方浄土の寂光と感じ、西の入江の寺と名づけたのではないかといわれている。



 江戸時代前期頃までは、この寺の大門通りには「尼寺十二坊」がり、明治末期には「地蔵院」「水之庵」「毘沙門堂」「永福寺」「正念寺」の五ケ寺の末寺があったが、現在、正念寺以外は廃寺となっている。江戸中期以後、川が埋め立てられ、今の「西郷寺」と書くようになったという。
 余談だが、戦国時代の勇将・荒木村重が織田信長に追われ、一時「水之庵」に隠棲し、茶の湯を楽しんでいたと伝えられている。


 ここで、今も伝えられる<鳴き龍の伝説>をご紹介しよう。

 『昔、西郷寺二代託阿上人が鎮西(九州)行脚の途中、肥前の松浦沖を航行中、大シケにあった。上人は「これ必ず八大龍王の仕業であろう」と、弥陀の名号を記した紙片を海に投じ、船中一同精魂込めて念仏を唱えると、龍王もその功徳を感じたのか、風波も鎮まって船は無事、平戸に入港した。
 上人が、宿に着いたその夜半、白髪の老人に化けた龍王が上人の夢枕に立って、今日の念仏の礼を述べ、そのお陰で長い苦海三熱の苦しみを免れたことを感謝し、永くお寺を守ることを誓った。
 その後、龍王は、お寺の後ろの「獅子岩」といわれる20坪余の大岩の陰に移り住んだといわれる。今でも、お寺では大岩の頂きに八大龍王を祀っている。本堂から響く「鳴き龍天井」も、この龍が龍吟するのだ』と言い伝えられている。




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