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赤瀬川原平

(あかせがわげんぺい)画家・作家

尾道ファン倶楽部・特別会員

 『去年の秋、尾道へ行った。瀬戸内海に面した港町だ。私ははじめてだったが、何だかむしょうに懐かしかった。何故だろうか。
港があり、町があるのだけれど、ちょっといくと坂道になり、急坂になり、家並が上へ上へと伸びていく。
 私は子供のころ門司に住んでいたことがある。あそこがやはり港からぐっと山にせり上がっていく町で、家の回りに坂道や崖がたくさんあった。その感じがそっくりなのだ。考えてみれば、これは港町に共通する要素かもしれない。東京や横浜、名古屋などの大きな港にこの要素はないが。
 とにかく坂にできた町は楽しい。坂道をうねうねと歩いていると、景色がどんどん変わる。そのたびにハッとしてシャッタ−を切ってしまう。尾道でも随分シャッタ−を切った。
 かなり急な坂道だ。ぐるりと曲がった坂道に沿って家が建てられている。右が海側で左が山側である。むかしの家なのでキチンと造られている。曲がり角のところの細工が細かい。窓の上のちょっとした疵も丁寧にカ−ブさせている。こういう道は何度でも通りたくなる。この道の先には、どんな景色が見えるのか。坂道にはいつもその期待があるからワクワクする。』

(1989年フォット・ウェ−ブより転載)

赤瀬川原平氏(1937ー2014)プロフィール
(画家・作家)

横浜生まれ。本名赤瀬川克彦。武蔵野美術学校を中退。前衛芸術家として、アンデパンダン展などで活躍する。1979年ペンネ−ム尾辻克彦で「肌ざわり」で文壇デビュ−(中央公論社新人賞受賞)。1981年「消えた」で芥川賞を受賞。1983年「雪野」で野間文芸新人賞を受賞。ハイ・レッド・センタ−、「櫻画報」宮武外骨研究、勅使河原映画の脚本、路上観察学など、その活躍は多方面に及び、また中古カメラの世界にも造詣が深いことで知られる。

著書

「父が消えた」「櫻画報大全」「東京ミキサ−計画」「外骨という人がいた!」「雪野」「芸術原論」「東京路上探検記」「贋金づかい」「カメラがほしい」「千利休−無言の前衛」「名画読本」「ステレオ日記 二つ目の哲学」 「我輩は施主である」「老人力」など多数。

尾道には1989年以来、4回お越しいただいた。


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