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路地.小路.町の関係論

尾道では路地を小路(しょうじ)と呼び、小路一帯を町(ちょう)と云う。
路地.小路.町の関係論
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路地.小路.町の関係論

 尾道では路地に名前が付くと、○○路地とは云わないで、○○小路(しょうじ)という。そして○○小路の両側一帯を○○町(ちょう)と呼んでいた。
 小路と路地、この二つの言葉は全く同一のものを呼ぶ別称であって、まっ云ってみれば「路」の呼び名が出世魚のように変化するようなものだ。成長し、大きくなると元服し、名前を変える。言い換えれば世に存在感が出てくると名前を変えるのだ。

 吾輩が、野良猫ではなく、単なる家猫であったときの「猫」から、尊敬に値する爵位を授かり「路地ニャン公」になったのと少しは似てるか、ニャン?!

 存在感のある路地は△△小路となり、誰にでも認められる存在である。それに比較し、名もない路地はいつまでも単なる路地のままだ。
 ところが、である。そんな名もない単なる路地が、ある日突然「タイル小路」となったのは余りにも有名な話だ。余談だが、この尾道的風情の典型と思われたタイル小路は、惜しまれながら今また路地に還っていった。

 それにしても尾道では、京都のように小路(こうじ)とは読まないのは何故か?!
 ものの本によると、京都は中国の隋、唐の都・長安城をモデルにして、風水に基づく四神相応の都市計画により作られた。そしてこの都は東西南北に走る大路・小路によって40丈(約120m)四方の「町」に分けられていた。
 そこで吾輩、路地ニャン公は考える。
 .....フムフム「そうだ!!」とすぐさま閃いた。
 尾道は猫の額ほどの狭さだから大路がない!! だから大路(おおじ)に対する小路(こうじ)という意味では、小路は使われていないのだ。
 単に小さな路という意味で「小路(しょうじ)」と呼ぶのではないか。しかも、尾道も四神相応の都市計画により作られたまちだという説もある。見えない大路がどこかにあって、それに対する小路を敢えて「しょうじ」と読んだ....。
 なんて、どんどん勝手気ままな推論を展開すると、妙に頭脳が活性化して気持ちよい。
 ウジウジ悩むことなど止めて、吾輩のようにの〜んびり楽しく生きるのも、路地学総論の教えではあるまいか。


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