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西御所ウォーターフロント

尾道にシーサイドラインの新名所が誕生!!....。
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 2012年7月6日、思いもよらぬ機会があって、広島県東部建設事務所三原支所職場研修会に参加することができた。研修会の内容は大きく二つあったが、その一つが戸田芳樹氏の講演「ランドスケープデザインと土木技術者の役割」であった。私が参加できたのは、もちろんランドスケープデザイナーの戸田芳樹氏のご配慮があったからだ。
 そしてこの日、まだ公開されていない西御所ウォーターフロント(これは私が勝手につけた愛称)の現地視察ができるという楽しみがあった。この視察で海辺に広がるウォーターフロントのウッドデッキから新設されたトイレまで、拝見させていただきながら、大いに喜び、反面大きな落胆もした。

 一部では物議を醸してきた西御所県営上屋だが、上屋内部の活用が決まらぬまま、周辺の整備が完成した。それはある意味正解である。なぜなら、新しく誕生した西御所ウォーターフロントの空間は、尾道市民にとっては大変魅力的で、日常に憩える「場」として成立しそうだし、さらに排水路、電源、水道も備え、野外コンサートなど各種イヴェントの開催にピッタリの「設え」を提供しているのだ。
 さるすべりや夾竹桃、山法師が紅や白色の花を咲かせ、オリーブが実を結ぶこの海辺の空間で、市民が顔をほころばせ、子どもたちがはしゃぎながら階段状のデッキに上がったり降りたり、転がり、走り回る情景が私の目に浮かぶのだ。

 当初の整備計画では、県営上屋の周囲をグルリと囲んで地上80cmの高さにウッドデッキが設計されていた。そのため海岸通りとウッドデッキは急勾配で結ばれることになっていた。また上屋の東側は駅前と同じで単に芝生を植えるという市民不在の空間処理がなされていた。それに違和感と危機感を覚えた広島県海の道チームの尽力で、昨年末、尾道出身のランドスケープデザイナー・戸田芳樹氏のアドヴァイスを受けることができ、ぎりぎりのところで大きく設計変更をしたのだ。その結果、尾道では最高に魅力的な海辺空間が西御所に誕生したというわけだ。
 ズブの素人でしかない私だが、西御所の海岸通りから盛り土で小山を作ったのも意味があると確信している。それは往き交う車輌の喧噪を遮断するいわばシンボリックな隔壁の役割を果たし、さらに山から海に向かって広がる尾道の中心市街地の起伏を彷彿させる階段状のウッドデッキを下支えしている。東側の二列に植えられたさるすべりの並木(左の写真/上)が仕切る空間の中心には高見山の山頂を遠望し、視界は一直線にきらめく海に向かって吸い込まれて行く。
 階段状のウッドデッキの先には広いフラット空間があり、その中心にステージ(左の写真/下)とも思える一段高いデッキが造られ、その中にオリーブの木が1本植えられている。このステージがなかったとしたら、フラット空間は締まりのないものになっていただろう。それは絵画における中心の存在(色彩やモノ)と同様である。
 また海を間近に親水性をより高めるために、海岸のフェンスは駅前のウッドデッキのフェンスと違い、水平に三本のワイヤーがシンプルに張られ、景観に配慮した設計となっている。
 夜のウォータフロントは、やはり戸田氏のアドヴァイスを生かした間接照明が映え、海岸通り入口の両側に設置された鉄のサイン(左の写真/中)は戸田氏の遊び心とアイデアで星たちが愛らしい光の群れをなし輝き始める。
 まるで憧れの彼方のような感覚と香りを感じさせるこの空間は、尾道三山に囲まれた中心市街地である旧市街地をイメージとして際立たせながら、新市街地のシンボリックゾーンとなっているようだ。
 それにしても、なぜ違和感を覚える大きなトイレが道路沿いに造られたのだろうか。本来、トイレは上屋の内部に作るべきだし、内部の活用が定まらないまま、海フェスタに間に合わせようとトイレを外部に造ったとしたらあまりにも短絡的だ。それも上屋とのバランス、西御所ウォータフロントの存在意味を考えたデザインとは到底思えないのである。



 デッキで使用されている木材は、広島県の林業を支えるため、防水加工が施され耐用年数10年という檜木の間伐材が使用されている。その木肌は白く、檜木特有の香りを放ち、輝く太陽とともにまるで純白に輝いて見える。ここ西御所ウォーターフロントにたたずむと誰しも心の解放感を味わえることだろう。

 どんなにりっぱな施設や空間であっても、尾道市民が自然に群れ、遊び、楽しみ、利用するものでなければ、全く意味がない。そして施設の存在が尾道の日常風景の質を高めるものでなければ、負の資産となってしまう。そのことは過去の尾道が幾度も経験してきたことである。

 県営上屋の立地を考えると、何よりも市民が魅力を感じ、群れ楽しめる施設づくりという視点がなければ、成功するとは思えない。噂では上屋の活用法をめぐって民間大手ディベロッパー数社にあたったようだが、これに応える企業はいなかった。一般的に考えても、尾道の都市力からいっても よほどのインパクトある異空間を設営しない限り、費用対効果が大きいビジネスが成立するとは考え難いと思うのだが..。これは浅学非才の私だけの考えのようで、現在、地元企業を含めた四社が上屋を使ったビジネスを考え、手を挙げていると聞く。
 私たちは今から20数年前、西御所県営倉庫群に関心を持っていた。その利用法の一つが、友人たちで組織した任意まちづくり団体「尾道じゅうにん委員会」で1989年に提唱した「アイアン パルテノン構想ー出会いの装置ー」だった。

 雨の痕跡が未だ残る西御所ウォーターフロントのウッドデッキだが、輝く太陽と共にやがて白く輝き始める。



 私は県営上屋を見つめながら、この建物を含めた空間にアートを切り口にしたプロジェクトが進んでいくことを夢見る。それは尾道大学の美術学科をこの上屋群に全面的に移設し、尾道大学卒業生や一般も含めたアーティストの工房兼アンテナショップ、ギャラリー又はミュージアムを併設、上屋と西御所ウォーターフロントの全体空間を対象としたイヴェントを手がける運営母体を設立させ、ファッショナブルで質の高いさまざまな飲食を提供する店舗も立地するという複合エリアだ。
 かつて土堂海岸に建てられていた尾道の明治時代を代表する建築物・旧協和銀行、その石造ファサードを私たちが現在まで保存している。そのファサードをこのウォーターフロントの一角にゲートあるいはモニュメントとしてアバンギャルドに歴史を甦らせるのだ。
 西御所ウォーターフロントは、尾道市民が日常の中で楽しめる空間、そして尾道の日常の風景の質を高める「出会いの装置」であってほしい。また大きな夢を見てしまったが、20年先の戯言とならぬよう願うばかりだ。


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