凹みの美学ー橋本別邸のレンガ塀(尾道の日常遺産)
かつては、この付近には「太陽館」(1924年〜78年)という洋画専門の映画館があった。この映画館で観た「ベン・ハー」「ウエストサイド物語」「誰が為に鐘は鳴る」「アラビアのロレンス」「007は殺しの番号」が、今でも吾輩の瞼に焼き付き、忘れられないでいる。残念ながら、その記念すべき場所は、今では尾道の文化資産である路地の天敵「駐車場」に飲み込まれてしまって、跡形も無い。吾輩の記憶によれば、跡形も無い「太陽館」の前には、確か食堂、コインランドリー、履物屋などがあった筈だ。それらの建物がいつしか空き家になっていて、数ヶ月前に突然姿を消した。そして現れたのが、左に掲載の写真に写された素晴らしい空間だ。アッと驚く、息を呑むような歴史空間がこつ然と時空を超えて現れた!!
これはまさにタイムカプセルから飛び出た宝物だ。尾道の宝の一つとして、歴史的風致形成建造物候補に登録し、すぐさまこの空間を今の状態のまま永久保存すべきだと吾輩は思った。レンガの色といい、まるでローマの街の一角が尾道に出現したようだ。この空間さえも保存できないようでは、尾道のまちの将来は危うい。
それにしても、尾道市は青森県弘前市と比較しても、随分と行政能力が劣っていることが判る。弘前市は建築家前川國男が設計した弘前市役所本館(築年:1958年)、弘前市民会館(築年:1964年)の両近代建築ともに歴史的風致形成建造物候補として「弘前市歴史的風致維持向上計画」に盛り込み、近代建築を街の文化資産と位置づけている。そして弘前市民会館は大規模改修を終え、2014年にリニューアル・オープンしている。
尾道市はといえば、日本の近代建築家の一人・増田友也の設計した市庁舎と公会堂の文化的価値を無視して、「尾道市歴史的風致維持向上計画」からも外し、ゴミのように廃棄解体するというのだから、尾道の将来が危ぶまれる。 2015年7月現在、レンガ塀の前に白線が引かれ、駐車場として利用している。
明治31年(1898)に創刊され、昭和21年(1946)に復刊された山陽日日新聞が、突然廃刊となったのが2018年11月1日。その社屋が、2019年2月にアっという間に姿を消した。その跡地には、橋本別邸の防火用のコンクリート塀(この塀はヴィム ヴェンダースも写真を撮っていて、2006年9月に解体された。写真の左端、一部大きな穴が空いている)の一部がまだ残っていた。その奥には、モルタルが塗られた古いレンガ塀も見える。レンガの隙間に生きる植物の緑が印象的だ。尾道の証を刻んできた記憶が、またひとつ消えて行った。ぽっかり空いた空間が、寂しさを通り越し、何故だか清々しい。これも凹みの美学だろう。