イリーナメ ジューエワ チャリティー・ピアノリサイタル
2026年10月31日(会場:旧尾道市立久保小学校 体育館)
使用ピアノ: スタインウェイ ニューヨーク(1923年製)ヴィンテージ ピアノ
🔳廃校となった久保小学校体育館に今も置かれたままのスタインウェイ ピアノ、
<どうしてスタインウェイ ニューヨークが旧久保小学校にあるのか、尾道市史編纂委員会事務局
だよりの令和8年3月発行 [特集] 音でたどる尾道の今昔に、
その疑問に応える記事がありました。『大正11年(1922)、久保小学校創立50周年を記念して
保護者会が寄贈したもの』だということです。
さらに能登原由美 (大阪音楽大学特任教授)の調査によると、大阪のピアノ輸入業者・三木楽器店に
保管されている台帳では、大正13年(1924)12月にスタインウェイピアノが購入(あるいは納入)されたことになっています。
そして実に103年後の今年に、ようやく久保小学校のスタインウェイの製造番号から1923年製であることが確定しました。
残された資料で想像するのですが、大正11年に発注し、翌々年の大正13年12月にスタインウェイピアノが
尾道に入ってきたと考えられます。しかし発注から納品まで3年という長い期間が経過している、その詳細は未だ分かっておりません。
[特集] 記事には、そのスタインウェイ ピアノが、当時如何に貴重で注目されていたかが伺える
エピソードが綴られています。『以来、昭和の初めまでに多くの音楽家が尾道へ来られ、この銘器とともにコンサートを行っています。
なかでも目を引くのは世界的オペラ歌手、藤原義江のリサイタルです。昭和9年(1934)3月16日に
開かれた公演の様子を伝える記事では、講堂に2千人もの観客が詰めかけた』とあります。
🔳それから74年の歳月が流れ、スタインウェイは無惨にも傷ついていた!
その後の太平洋戦争という暗い時代を経て、何が起きたのか知る由もないですが、1997年に観た久保小学校のスタインウエイは、
過酷な環境にあったと思われる傷跡を抱えたまま、体育館に置かれていました。
象牙作りの52鍵の白鍵は部分的に剥げ落ち、火災を潜り抜けたらしいく外観の痛みもひどくなっていました。
🔳スタインウェイの修復に立ち上がる!
このピアノが再び華麗な響きを奏でられるようにと、1997年に久保小学校PTA会長で丸善製薬(株)社長・故日暮彰文氏の
リーダーシップにより、PTA(育友会)の方々による浄財300万円をかけた修復が決定されました。この修復を手掛けたのが、
大の尾道ファンで大阪府堺市在住で、2019年までオーストリア国立ウィーン芸術史博物館古楽器部門
フォルテピアノ修復師としても活動していたフォルテピアノ修復家山本宣夫でした。1998年10月、
75歳のピアノが一年ぶりに美しい音色とキリッとした容姿で、再び久保小学校に帰ってきました。
🔳体育館に眠るスタインウェイは、価値あるヴィンテージ ピアノだった‼
久保小学校のピアノが1997年頃までは、何故か明治32年(1899年製)に作られたピアノだと思われており、
1923年の黄金期の名器だと確認したのは、信じ難いことですが、実に今年(2026年)の7月17日のことです。
スタインウエイの黄金期[*ゴールデン・エラ]に誕生した旧久保小学校のスタインウエイ&サンズ
ニューヨーク ピアノや広島県立尾道東高等学校のベヒシュタイン(2006年製)というピアノの名器が、
尾道にあることは、現在の尾道からは想像できない、明治・大正・昭和時代の尾道の繁栄ぶりを物語立っています。
🔳103年の眠りから、イリーナ メジューエワの演奏で解き放される美しい音色
このピアノは、本年で103歳を迎えましたが、修復以後も旧尾道市立久保小学校の体育館に置かれたまま、
最近まで人知れず忘却の彼方に在りました。
今回のチャリティー・ピアノ リサイタルでは、
2027年日本コンサートデビュー30週年を迎えるピアノの名手イリーナ メジューエワに依頼し、103年という永い眠りからスタインウェイ
ユーヨーク(1923年製)を目覚めさせ、天賦の美しい音色をこの世界に甦えらせることを目的の一つとしています。
*「スタインウエイの黄金期」とは、ピアノ制作技術が特に優れた熟練職人が膨大な手間と
時間をかけて名器を作り上げ、使用された木材は木目の詰まった最高品質の無垢材が厳選され、
徹底した乾燥工程を経て、現代のピアノにはない深い響きを生み出した時代、1900年頃から
1930年代初頭(特に1920〜30年代)にかけての製造期を指す。この期間に製造されたピアノは、
現代でもヴィンテージ・スタインウェイの最高峰高く評価されている。
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