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由緒正しき、吾輩・路地ニャン公のプロフィール

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吾輩の自己紹介/SelfIntroduction


吾輩の自己紹介/SelfIntroduction

吾輩こと路地ニャン公の履歴書


吾輩の自己紹介/SelfIntroduction

<生年月日>19??年5月(したがって年齢不詳)
<出生場所>尾道市内のとある路地裏
<人間社会へのデビュ−>
吾輩が鮮烈なデビューを果たしたのは忘れもしない、それは1992年7月26日の13:00〜20:00という長時間にわたるシンポジウムが尾道市立図書館と浄土寺研修道場で開催され、そのタイトルも「モノクロ曼荼羅色とりどりPART3-画面の中の路地考」という、これまた何とも長ったらしい名前であった。
このシンポジウムには、さまざまな企画が織り込まれていた。その企画の一つが、聴衆である参加者が数人づつのチームに分かれ、尾道歴史地区のタウン・ウオッチングを行い、写真を撮り発表するというもの。そして、この発表会で最も優秀な成果を挙げたチームが表彰されることになっていた。基調講演者の大林宣彦映画監督にその授与者役をお願いして、「全国路地探偵団」主催の授与式が挙行された。この授与式が、吾輩の人間社会でのデビューとなったのだ。
ここで裏話をすると、実は「全国路地探偵団」とは名ばかりで、このイベントで誕生したばかりの新組織であった。そのため、組織の象徴である名誉総裁は「路地ニャン公」と決まっていたが、印鑑がまだ作られていなかった。
前日の7月25日、のちに吾輩の飼い主となった(株)ビサン ぜセッションの創業者の命により、急遽、デザイン部の女性社員が飼っていた家猫の右前足を借用することとなった。家猫はそんなこととは露知らず、掴まれた自分の前足に朱肉が厳かに押し付けられ、「全国路地探偵団名誉総裁」の印として表彰状に無事押印されたのである。この瞬間、吾輩の「路地ニャン公」の名が、正式に人間社会に公開されたのだ。
その後、「路地ニャン公」の名前は知っているが、その姿を誰も見ていない。名付け親である弊社の創業者は、名は在っても実体のないのは実に可哀想だと思っていた。そこで、友人の川口協治(1948-2013)に頼み込み、二次元世界に住む「路地ニャン公」を誕生させたというのが偽らざる真相なのだ。以来、1回切りの全国路地探偵団名誉総裁という由緒正しき名誉職を授かった路地ニャン公は、飼い主の影となり日向となって一心同体日夜活動している。
<名付け親>
大崎義男(株式会社ビサンゼセッションの創業者)
<生みの親>
川口協治(漫画家かわぐちかいじの実弟)
<交友関係>
路地ニャン公の友ニャン知ニャン多数

生意気な吾輩・路地ニャン公の自己紹介


自分で言うのも何だが、吾輩は才能あるインテリゲンチャとして知られている。それを証拠に、吾輩の祖先は、かの有名な「吾輩は猫である」のモデルとして、猫の世界では知らないものはないという由緒正しき「猫」でなのである。
吾輩は、某団体が1992年7月に尾道で開催した「画面の中の路地考」というシンポジウム、(これはビサンゼセッションという会社が誕生して初めての総合企画の仕事として、当時の建設省の後援を受け、企画実施したという本当の話。)の一環で行われた「おのみち路地ウォッチング」で、最も感性豊かで知的な猫として、全日本路地探偵団名誉総裁から『路地ニャン公』の爵位を授かった。
それ以来、皆は吾輩を尊敬のまなざしで『路地ニャン公』と呼ぶようになった。吾輩としては、少々窮屈な想いがするが、仕方あるまい。まっ、ともかくも足の向くまま、気のむくまま、お気に入りの尾道町を路地から路地、津々浦々まで紹介するとしよう。
ところで、吾輩が思うに、文化あるところには、必ずそれを享受する人々がいた。経済の力は、なかなか持続するものではないが、文化においては、「遊び心」という精神性がDNAに乗り移って、子子孫孫に脈々と受け継がれて行くものらしい。尾道人にはそういう「遊び心」があるとよくいわれる。
吾が猫族や犬族にも、そのことが当てはまるようで、尾道にいる猫も犬もどういうわけか、俄かに衆目の的になりつつあるのだ。というのも、都会では見られないということで、ここ尾道では、人も歩けば、犬猫に当たる。それも放し飼いの犬が、車道に堂々と日向ぼっことシャレ込んで、なにやら思索に耽っったり、猫も至る所で眠り猫。そんな尾道だから、吾輩のような「博学多識」の猫も存在し得るという訳なのだ。(1992年11月12日)吾輩の自己紹介/SelfIntroduction


吾輩が思うには、ここ数十年で犬に対する世の中の見方が変わったようだ。犬族は自然の中を闊歩する自由権を剥奪されている。最近では「犬も歩けば棒に当たる」こともなく、家の中に隔離され、愛玩動物として絶対君主の飼い主に従順に生かされているだけだ。 そんな生き方は、吾が猫族には出来るわけがない!と言いたいところだが、猫も世の流れにだんだんと逆らえなくなってきた。寄らば大樹の陰、やっぱり日本は、民主主義とは名ばかりの明治以来の封建国家だねぇ。「どこかに自立する猫、犬はいないか!」と吾輩は心の奥底で呟いているのだが...。
ところで、吾が飼い主によると、吾輩は「映画俳優にでもなった気分で、生意気な路地ニャン公ではあるが、生意気で居られるのはサングラスをかけているときだけ。サングラスを外した途端、別猫のように従順で大人しくなる。」のだという。そして生みの親である川口協治氏は、路地ニャン公にサングラスを外させ、二次元世界で呪文を唱え、アッという間に六変化(へんげ)した別猫の職人姿に変えてしまったという。しかし、この呪文を唱えて...という話には確たる証拠は未だない。
兎も角も、言われてみれば、そうかも知れぬ。世の中にたった1枚しか存在しないというサングラスを外し、普通のメガにおさまった本来の吾輩の似顔絵を見ると、古い言葉ではあるが、言わずもがなだ。(2019年9月)
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