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日本で一つしかないクレーン付の電話ボックスの周辺整備は

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幻のミニ臨海公園/MaboroshinoMiniRinkaikoen


幻のミニ臨海公園/MaboroshinoMiniRinkaikoen

尾道で初めての産業遺構の保全改修


亀田尾道市長の私的諮問機関「尾道観光市民会議」は、かねてより「日常の風景(生活を含めた)の質を高める」ことが結果として、尾道の魅力を創造し、都市力を高めるものと考えていた。たまたま、尾道観光市民会議では、民間の海運会社所有の固定式クレーン(1950年代製)が撤去されるとの情報を得て、これを保存するだけでなく、新しい機能を持たせ日常に蘇らせることを委員会独自で市長に提案しようということになった。
幸運にも、クレーンを所有する海運会社は、亀田市長の経営する会社であることがわかった。尾道で歴史を味方にしたまちづくりを推進するためは、具体的な事例として歴史的な産業遺構をメタモルフォーゼ(全く別の機能を持たせたものに変容)させる取り組みが必要だと市民会議では考えていた。1996年12月18日、役割を終え放置されて久しい固定式クレーンは、『住吉浜公衆電話室』として新しい生命を与えられた。

建築雑誌で高い評価を得た「住吉浜公衆電話室」

尾道の港湾の賑わいを記憶にとどめる尾道に現存する最古の固定式クレーンを、尾道出身で東京在住の岡河 貢(建築家)、戸田芳樹(ランドスケープデザイナー)両氏にアドバイスをいただき、NTTのご協力も得て、市民と行政が協働で全国的に一つしかないクレーン付き電話ボックスとして再生しようという計画が完成したものだ。この事業は建築世界で評価され、新建築社発行の「新建築」1997年5月号と鹿島出版会発行の「SD」5月号に取り上げられた。
この計画については、尾道歴史クレーン保存・再生計画書に記載されているが、その後日談があったことを伝えなければならない。
実は、市民会議はこの「住吉浜公衆電話室」の周辺整備まで考えていた。その計画は「尾道歴史クレーン保存・再生計画書」として尾道市に提出したが、計画書の後半部分の以下の周辺整備やPR活動の具体的計画が、後日一方的に行政内部で削除されてしまった。
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一方的に一部を削除された計画書


新たな臨海公園としての整備


クレーンとオペレータールームの再生とともに、この新しいオブジェの周りを、将来尾道水道に隣接したミニ臨海公園として整備することを具体的に提案。

尾道の新たな名所としてPR活動


コミュニケーション・メディアとして最先端の機能をもった電話機が設置された「住吉浜公衆電話室」で、NTTが参加した新たな都市空間の魅力再生のまちづくり事例として、尾道出身の大林宣彦監督の手でNTTのTVコマーシャル化を要請する。
今だから言えるが、この計画はすべてが順調に進んだわけではなかった。このクレーンが設置されている場所は、広島県港湾課の管理するところであり、県は尾道市港湾課にその管理を委託していた。
当時の尾道市港湾課N課長は、尾道市民会議の尾道歴史クレーン保存・再生計画に興味を全く持たなかった。彼の関心事は唯一「尾道市長が彼をどう思うか」の一点だった。それは、尾道市民会議の席上、「あなたたち委員は市長の為に動いているのでしょ?」という委員会メンバーに対して発した彼の質問に凝縮されていた。
尾道観光市民会議の会長である吾輩は次のように答えた。「私たちは、市長の為にやっているのではありません。尾道の為に動いているんですよ。」
N課長は、この計画が大々的に報道されるのを嫌った。広島県港湾課に知れるとまずいと思っていたようだ。兎に角も、尾道市長の許可を得て「尾道歴史クレーン保存・再生計画」は、市民会議で市民の浄財を募り、新たな臨海公園としての整備計画を除き、クレーン付きの公衆電話室だけは実現できた。
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幻となったミニ臨海公園

次は、「住吉浜公衆電話室」の周辺整備だ。ランドスケープ・アーキテクトの戸田芳樹氏の協力を得て、できる限り市民の浄財をもって実現するという前提で、知恵を絞った質の高いミニ臨海公園として整備する青写真ができあがった。
「尾道歴史クレーン広場」は尾道水道に面し、現在では少なくなった船の発着所に接しているスペースでもあるので、尾道市民のみならず、観光客にも利用され、親しまれるポケットパークにしたいとして、次のような考え方で計画された。

ミニ臨海公園整備の計画案


(1)クレーンが回旋するイメージを平面的な円で表現する。
(2)円の広場は種々のタイルを市民参加で張り付ける。
(3)地中海的な気候の尾道をオリーブの植栽で表現する。
(4)ストライブ状の木目地により船の甲板をイメージさせる。
(5)木製のスツールには彩色を施し、尾道の若々しさを表現する。
(6)予算により、2期に分けて施工する。
 これを実現させたいとN課長に申し出たが、けんもほろろだった。「周辺整備は不可能だ。」という明確な拒否回答であった。「尾道観光市民会議」は周辺整備の計画を断念せざるを得なかった。
ところが、である。一年も経たない内に、思いもよらぬ整備がアッという間に施工された。ランドスケープとはほど遠い、黒いアスファルト舗装に、雁木の石を適当に割り、ベンチ代わりに無造作に配置した知恵も愛情も感じられない周辺整備の姿だった。どうして「不可能」なことが出来たのか、不思議だった。それは市長の一言であったという。N課長は忠誠を尽くすため市長の命に、不可能なことを可能にした(?)有能な行政マンだった。
現在は尾道市の所有となっている『住吉浜公衆電話室』に観光客をご案内することがある。このとき、我輩はその誕生の経緯を熟知しているだけに、次のようにお客に説明する。『このクレーン付電話ボックスは尾道観光市民会議のメンバーたちが作ったもの。どうです、面白いでしょう。しかし、大岩や石のベンチなど、この周辺の造作は、彼らとは無縁なもの」であると。(1996年12月)
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1996年12月印象派の点描法にちなんでブル−、グリーン、グレ−の三色で大勢の市民の手で塗られていたクレーンが、尾道市によって空色一色で塗り潰されているのを見て、愕然した。(2018年)
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