尾道じゅうにん委員会(Onomichi Junin Committee)がめざしたものは何か。それは尾道の歴史を味方にしながら、まちを出会いの装置として機能させることで、人間性溢れる生活空間都市をつくりあげること。それは尾道の「日常の風景の質を高める」というまちづくりであった。われわれは「我等、尾道派」を掲げ、尾道じゅうにん委員会のめざしたまちづくりを、その後の「出会いの装置製造本舗」や「クラシック音楽を楽しむ会」「おのみちホッとコンサート」などの組織体に変容させながら継承し、昇華させることを夢見てきた。そして最後のまちづくり組織となったNPO法人アート・コミュニケーションは、2019年3月12日を以ってその活動に終止符を打った。
尾道への多くの夢が現実という壁に押し潰され、消えていった。我々は幻想を追い求めてきたとは思わない。見た夢は、何十年か先には必ず、現実となることを信じている。それには若き有能なリーダーが尾道に誕生するのを待つしかない。ここでは、尾道じゅうにん委員会が歴史を生かしたまちづくりプランとして取り組んだものの一つをご紹介しよう。それは委員会の顧問である建築家の岡河 貢が発案した、近代尾道の産業遺構である県営上屋1号棟を活用した「アイアン・パルテノン構想ー出会いの装置」だ。

「アイアン・パルテノン(Iron Parthenon)構想」の対象となっていたのは、現在のグリーンヒルホテル尾道の西に隣接する県営倉庫群の一つである上屋1号棟(今は二階建ての鉄骨の駐車場となっている)であった。
倉庫群の中でも、特に県営倉庫1号棟(失われた尾道の日常遺産)は、尾道が海運の隆盛を誇っていた時代の産業遺構として、極めて重要な存在であった。その内部構造は、手作りのリベットで止められた鉄のトラスに組んであり、芸術的な美しさがあった。
出会いの装置IRON Parthenonの企画書のプロローグには次のようなことが書かれている。
『尾道は、瀬戸内海の中心に位置し、平安の昔から海に門戸を開き、かつては 海上と内陸(南北)沿岸(東西)の物流と文化・経済の中心として栄えてきた。
そして現在、物流の主軸が、海の路から陸の道に移り、海と陸との接点であった港尾道は、その機能と価値を改めて問い直されはじめている。私たちは、そうした尾道が再び人流の港として、文化情報機能を備えたコミュニケーション・シティに変貌していく可能性を確信している。私たちは、西御所海岸に位置する鉄骨倉庫をコミュニケーション・センター機能を果たし得る新たな神殿・IRON Parthenon(アイアン パルテノン)としてメタモルフォーゼ(変容)させることを提案する。』

このアイデアは、当時の日本開発銀行の広島支店長やマスメディアには大いに関心を持たれたが、不幸なことに尾道市や尾道の経済界に全く理解されることはなかった。それでも、諦めることなく、私たちはそれが実現されることを夢見ていた。吾輩は、当時懇意にしていたJTBの尾道支店長のK氏の協力を得て、漫画家かわぐちかいじの実弟で委員会メンバー川口協治に中国地方の観光名所をイラストで描いてもらい、JTBのギブアウエイ用の一筆箋を製作。それで得た資金を投入して12ページの企画書「アイアン・パルテノン構想ー出会いの装置」を作成し、当時尾道商工会議所副会頭であった亀田良一氏のアドバイスで経済界や尾道市の主任以上の職員に無料配付し、努力を続けた。
尾道市長の私的諮問機関であった「尾道観光市民会議」の会長であった吾輩の飼い主に、亀田良一市長から電話があった。「県営倉庫1号棟は鉄が腐っているから壊して、駐車場にしようと思うが、どうか？」という内容であった。私はそれに異を唱えた。「鉄の腐食は今の技術では克服できる。どうしても駐車場にされたいのであれば、トラスに組まれた鉄枠だけは残して駐車場にしてほしい」と。
あくまでも鉄のフレームを残す事で、いつかは歴史資産として理解され、活用される日が来るはずであった。しかしながら、当時の亀田市長にはその価値が理解できなかったのだ。「アイアン・パルテノン構想」を発表した9年後、大切な大きな尾道の資産が無惨にも壊されてしまった。現在では、県営上屋倉庫1号棟は2階建の自動車と自転車の駐車場に替わっている。