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上から覗く側、下から見上げる側のいずれの視点も大切したいランドスケープは...

千光寺山展望台/Observatory


千光寺山展望台/Observatory

昭和の公共建築物がまた一つ尾道から消えた


千光寺山展望台/Observatory

2021年まで大宝山(通称:千光寺山)の山頂には、千光寺山展望台が建っていた。新築当時の新聞の表現では「UFOを思わせる」円柱型の斬新的なデザインで、建物の中心を貫くコンクリート製の支柱の内部は空洞となっていて、内側の壁面に沿って螺旋階段が設けられ、2階と屋上を繋いでいる。2階はガラス張り円形のレストランとなっており、屋上に出ると360度の展望を楽しめた。
佐藤武夫設計の千光寺山展望台は、半世紀を過ぎた2020年も観光スポットとして親しみのある存在となっていたが、エレベーターがなく、老朽化したという理由で、尾道市は躊躇なくお得意のスクラップ&ビルドで解体を決定した。
千光寺山展望台は、1954(昭和29)年に千光寺公園で開かれた「瀬戸内海観光博覧会」(通称:尾道博)の会場設計を建築家・佐藤武夫が手がけたのがご縁で、尾道市が展望台設計の依頼をしたようだ。
1956(昭和31)年10月10日付けの山陽日日新聞には、展望台の設計図が尾道市に届いたとの記事が載っている。この年はちょうど千光寺山ロープウェイも完成し、翌1957(昭和32)年6月に千光寺山展望台は完成した。
尾道のような歴史都市は全国的にも数少ない。その尾道の舵取り役である行政が、歴史を味方に、歴史を生かす知恵を未だに持たないのは致命的だ。残念ながら、その結果は、歴史都市の個性や魅力をどんどん喪失させ、尾道の歴史・文化レベルと都市力を低下させていくだろう。それを回避するには、建築でいえば「新築か解体か」といった時代遅れの選択とは決別し、世界が求める先端の潮流を十分認識することだ。
歴史を生かし歴史を味方にする手法、歴史都市では定石である知恵を使った改修保全や増築リノベーションなど、さまざまな手法は、周知のところだ。残念ながら、いまだに尾道市お得意のスクラップ&ビルドが横行し、旧千光寺山展望台は建設より64年を経過した2021年に解体された。尾道の将来に残すべき昭和の近代建築がまた一つ尾道で葬られた。千光寺山展望台/Observatory

旧展望台の設計者・建築家佐藤武夫


旧千光寺山展望台を設計した建築家佐藤武夫とは、どのような人だったか。ここでご紹介したい。佐藤武夫(1899-1972)は、建築音響工学の先駆者で、1957年から1959年まで日本建築学会会長を務めた。そのほか日本建築学会名誉会員、日本建築家協会終身正会員、英国王立建築家協会名誉会員、日本芸術院賞受賞者、アメリカ建築家協会(AIA)名誉会員となっている。また、オーディトリウム設計の第一人者として、さらに市庁舎、市民会館、公会堂などが、彼の数多い作品の中でも圧倒的に数が多い。
1924年早稲田大学を卒業後、同大学の助教授に就任。1935年、音響の研究で工学博士号。1938年教授に就任。建築音響学の日本における開拓者としての研究業績をあげて、早大建築出身者としての最初の学位を得るとともに、日本建築学会の第一回目の学術賞を受けた。
1945年より自宅で設計事務所を始め、1951年に27年間在籍した早稲田大学を退官し、佐藤武夫設計事務所(現・株式会社佐藤総合計画)を立ち上げた。
現存する建築物として、早稲田大学大隈記念講堂(佐藤功一との共同設計)、岩国市立岩国徴古館、防府市公会堂(2018-2020大改修)、旭川市総合庁舎(1960年日本建築学会賞作品賞)、北海道開拓記念館(現・北海道博物館)などがある。
建築家・佐藤武夫はこんな言葉を残している。
「建築はもともと万人のものである。作者の強い個性をあまり主張し過ぎてはいけないと思う。むしろ控え目に、風土と市民の演ずる舞台の引き立て役であるべきだ。」と。

苦い歴史の記憶


千光寺山展望台/Observatory

瑠璃山(浄土寺山)、摩尼山(西国寺山)、そして大宝山(千光寺山)は尾道三山といわれ、近代以前は信仰の対象の山だった。それが近代になり、大宝山に千光寺公園が開発され、鉄道の敷設(現山陽本線)や国道を通し拡幅することで山麓の寺社の参道やまちが分断された。そのため山の斜面に民家がへばりつくように犇めき合うことになり、1956年ロープウェイが架設された。このロープウェイは、当初は尾道駅前付近に予定されていたらしいが、本通りにお客を呼び込もうと商業優先主義で今の場所に変更されたという。その場所は、こともあろうに境内地に樹齢900年を超えるという楠木4本が立つ尾道最古の艮神社(創建806年)とその岩倉のある千光寺の真上に、神仏を畏れぬ大胆さで観光客を乗せて往復させているのだ。
皮肉なことに、世界的に知られている尾道を舞台とした小津安二郎監督の「東京物語」が公開された1953年以降あたりから、尾道の落ち着いた町並みは変貌し始め、高度経済成長の時代の流れの中で決して美しいとは言えない町並み<になってしまった。
歴史都市でありながら都市景観という認識がなく、尾道駅前あたりから浄土寺下までの旧市街地に高層マンション建設を容認した尾道市が、やっと景観条例を制定したのが2007(平成19)年10月だ。
その後も同じような過ちが再び、展望台「PEAK」でも繰り返されているのではないか。

二枚の古絵葉書は尾道学研究会よりご提供いただいた。

新しい千光寺展望台の愛称は「PEAK」


千光寺山展望台/Observatory

建設から約59年を経過した2016年、新築する展望台のプロポーザルが行われた。その結果、石上純也建築設計事務所と決まったものの、紆余(うよ)曲折の裁判沙汰の末に契約を解除、2018年新たなプロポーザルにより青木淳建築計画事務所を選定、2021年に建設を着工し、2022年の今年2月に完成させた。
新たな千光寺展望台は、「PEAK」と名付けられたようだが、その由来を推測すると、千光寺山山頂よりさらに高い「山頂」を意味するのだろう、と吾輩は思ったが確信はない。
どんな展望台ができたのか、6月頃に初めて展望台「PEAK」を見学した吾輩の感想を紹介する。
「建築家・青木淳が描いた大胆なフォルムは、まるで権威主義的な巨大な現代アートが広くもない山頂の空間を占拠するのを目の当たりにしているようだ。直線と螺旋の曲線が織りなすコンクリート製の展望台、その足元の砂地の敷地は、なぜか無機質な人の温かみを阻害するような寂寥(せきりょう)感が漂う。
そんな展望台「PEAK」ではあるが、360度障害物のない千光寺山の頂からさらに高みで見下ろすわけだから、瑠璃山、摩尼山、東西に流れる尾道水道と向島が仕切る理想的な都市空間、その海辺から山の斜面に犇めきあう町並み、遠くに見える瀬戸内の多島美を堪能する十分な機能は発揮している。」という。千光寺山展望台/Observatory


「PEAK」か、はたまた「PEEK」か

千光寺山展望台/Observatory
ただ気がかりなことがある。それは展望台から尾道風景を見下ろし、楽しむ側の観光客は満足感があるだろう、だが平安から江戸の時代まで信じられてきた風水の「四神相応」でいえば、千光寺山のロープウェイ山頂駅と千光寺を確認できる青龍(東)朱雀(南)方向で海岸通りに近い町中や向島から千光寺山を望む側に喜びがあるだろうか、それには異論がある。丘のような高さの千光寺山の山頂に、しかも創建806年と伝えられる千光寺のすぐ上に、突然、水泳の高飛び込みの「飛び込み台」のような構築物が飛び出して見えるのだ。市民の生活空間からは、そこに立つ観光客たちがハッキリと見え、違和感を覚えるのは吾輩だけか。
ランドスケープの観点からすると、山頂や山の稜線に大きな構築物は造るべきではないことは明らかだ。増して尾道のような景観条例を制定している都市では、ありえないことだと思っている。山頂や稜線付近に構築物を造る場合、上から見る側と下から望む側の景観配慮の観点が重要だ。これでは「PEAK」ではなく「PEEK」の名前が相応しいと思うがどうだろうか。

にわかに起きた「回る」「回らない」論争


佐藤武夫設計の千光寺山展望台がいよいよ解体されると報道されると、路地ニャン公の飼い主が、「どうも展望台の2階レストランが、以前はゆっくりと回転していたような記憶があるのだが...」と言い出した。その記憶が記憶違いか、記憶が正しいのか、吾輩は自慢の口髭がピクピク動かせ、年配の市民に尋ね歩き、聞き取り調査を行ってみた。
その結果、「回転していた!」という人がちらほらあって、「回転していなかった」という人はほとんどなく、「はっきりと覚えていない」人が大半だった。築60年近くともなると、当時の旧千光寺展望台の詳しい情報を知る市民は、どうもおられないようだ。
そこで、建築に詳しい吾輩の友人に尋ねると、尾道の展望台は回転式かどうかわからないが、当時は全国的にも回転式の展望台が流行っていた。そんなことから、尾道以外のどこかで回転式展望台を体験して、記憶が尾道だと思い違いすることもあるのでは、という回答であった。
「回転していた」「いや回転していなかった」という「回る・回らない」論争、これを放置しておくと健康に悪い。それではどうしたものか、と吾輩・路地ニャン公がひとりで考えてみたが、いっそのこと、佐藤武夫が創始者である株式会社佐藤総合計画に尋ねてみては、という結論に達した。そんなわけで、今しばらくこの論争は、お預けとする。
(2022年7月23日)
  
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