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老若男女が集うこの店は、今は無き「暁」と共に尾道人誇りの夜の社交場だった...

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洋酒喫茶「ロダン貝の店」/Rodin


洋酒喫茶「ロダン貝の店」/Rodin

「ロダン貝の店」は、尾道きっての歴史ある私設ミュージアム


尾道通なら「貝の店」というだけでわかってしまう。「ロダン」のマスター石川晶一さんは、尾道では最もキャリアのあるバーテンダーのお一人で、しかも蒐集家でもある。広い店内は世界中の美しい貝殻のコレクションで埋め尽くされている。そればかりかジャズがお好きで、SPは戦後に蒐集活動を始め、店の2階フロアには、数十年にわたる蒐集で、歩く隙間もないほどのLPレコードが保管され、今では床が抜け落ちないかと心配されているという。
洋酒喫茶「ロダン貝の店」/Rodin
洋酒喫茶「ロダン貝の店」/Rodin
そんなわけで、半世紀前のオーディオ機器でLPレコードを楽しんでいる吾輩の飼い主が「何枚くらいLPをお持ちです?」と尋ねると、もう蒐集を始めて何十年も経つので「枚数はわからない」との答えだった。そして一言、「気に入ったレコードは、同じものを2、3枚は買うからなぁ」と、石川さん。
吾輩の飼い主は「それじゃあ、千枚は優に超えているということか...」と、吾輩の頭上の先の虚空を見詰めるが如く独り言。なぜ、そう思ったのか、チンプンカンプンの吾輩、主人に尋ねると、曰く「千枚を超えるLPの山なんて、どんなものか想像できるかね。200や300ではないんだ」と絶句する。
初めてこの店を訪れたお客は、店内に展示されたさまざまなコレクションに魅せられ、当分席に着くことはない。それも当然のことで、ここはジャズが流れる博物館、その中にある寛ぎの場が洋酒喫茶なのだと吾輩は理解している。そんな博物館なのだから、まずは展示された品々を拝見するのがスジであり、礼儀というものだ。
ちなみにマスターの石川さんは、もちろん現代の音媒体CDもお持ちだが、「音」のこだわりからコレクションの対象とは思っておられないアナログ派のようだ。
洋酒喫茶「ロダン貝の店」/Rodin
洋酒喫茶「ロダン貝の店」/Rodin

尾道人はとかく経済を超えてしまう。


それにしても、コロナ禍でここ当分ロダンにお邪魔していなかった吾輩だが、久々に店内に入ると、その空白の時間の合間に、また新たなショーケースが増設されていた。ということは、吾輩が未だ知られざる石川さんのコレクションにまたお目にかかれるということだ。洋酒喫茶「ロダン貝の店」/Rodin
洋酒喫茶「ロダン貝の店」/Rodin

増設されたその一つが、竹、ガラス、鉄、サボテンの棘(トゲ)で作られたレコード針を収納したケースが詰め込まれたショーケース。さらに1970年代に人に頼まれて始めたというタバコのパック(箱)が、今では300種類もあるという、その一部が飾られたショーケースだ。このなかには、尾道市政施行70周年・尾道大橋開通年・開港800年記念という三拍子揃い組の超おめでたい年である1968年に作られたハイライト(hi-lite)のパックも見られる。このタバコの箱を蒐集してほしいと依頼した人物とは、「今はもう連絡が取れなくなった。どうしているのかねぇ」と石川さん。
ところで、店内に展示されている存在感のある蓄音機というものは、1877年にエジソンが発明したものだが、石川さんが蒐集されたものの中にはエジソンの蝋管と蓄音機、エジソンが作ったレコード(これはエジソンの蓄音機でなければ再生できない)、ほかに世界一小さい蓄音機など、価値ある品々を含め100台を超えているという。そして当然なことながら、蒐集した蓄音機の修復作業は自ら行っておられたが、今年で90歳を迎える石川さんは、修復作業は体力が必要で、今はもうしていないと話されていた。
尾道人はとかく経済を超えてしまうといわれるが、さりげなく、淡々とした口調のマスターは、まさにその典型のお一人だろう。

老若男女の尾道人が集う店


十年数前まで、年に一度ジャズライブも主催し、著名なジャズマン来訪の折りには店内に100人あまりの観客が集うという、その活動も半端ではなかったようだ。これを語るのは大変な時間と労力が必要と思い、三猿に徹して今はそっとしておくことにした。
現在は、コレクションを展示するショーケースが店内の空間の相当部分を占拠し、客席は30〜40席に減らされている。 カウンターに埋め込まれたショーケースには宝石のように美しい色彩を放つ貝たちが整然と飾られ、壁という壁は大小さまざまな貝で埋め尽くされ、天井まである大きなガラスケースには魚や亀の剥製も一緒に飾られていて、まるで海の底にいるような不思議な感覚に包まれる。
洋酒喫茶「ロダン貝の店」/Rodin
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そんな静寂の海の中、店の真ん中あたりに配置された数多くのビクターマークの犬『ニッパー』がクルクル回ってお客を迎える。
このお店では、各種カクテルやマスターが数十年来ハマっているフィリピン セブ島沖の美しい海をイメージしたオリジナルカクテル「トマイキキ」「ラプ・ラプ」が楽しめるほか、アルコールにめっきり弱い方には「ロダン」特製のアイスクリーム「ハロハロ」がおすすめだ。そのゴージャスな「ハロハロ」のアイスクリームとフルーツが盛られた器はもちろん「貝の店」にふさわしく本物のシャコ貝の殻だ。下戸(げこ)である吾輩・路地ニャン公と両刀使いの吾が飼い主には、見ているとヨダレが出そうな人気メニューであったが、ここ数年、このメニューはお休みとなっている。

(休止中の特製アイスクリーム「ハロハロ」)

店内にはこんな展示物も

まだまだ表に出ていないジャンルを対象とした蒐集もあるようですが、こんなところで....。

ぴったりハマった赤瀬川原平・林丈二の路上観察対談


思えば、1988年に食文化イベント『第1回グルメ海の印象派おのみち』の一事業で食談「我等、尾道派」があり、その後、11年間という長きにわたり、毎年イベント期間中に10人前後の文化人をお招きしての「食談」を開いた。その中の一つが1990年にゲストとして招聘したのが赤瀬川原平(現代芸術家・作家)と林丈二(イラストレーター・著述業)のお二方で、夜のメインイベント「食談」の事前のイベントとして、この「ロダン貝の店」を会場とした「おのみちトーク倶楽部」という随分贅沢な事業を開催した。
この会は、林さんのスライド写真を次々と映写し、路上観察の複眼的な解説を交えた赤瀬川・林コンビの絶妙な対話を拝聴しながら、参加者も直接ゲストに質問できる参加型トークイベントであった。今から思うと、自ら企画実行したこの事業が改めてこのお店にぴったりハマっていたと、自慢げに吾が飼い主はほくそ笑んでいる。
そんな「貝の店ロダン」と、尾道市民に惜しまれながら今では跡形もなくなってしまった「暁・舶来居酒屋」は、尾道では外すことのできない尾道人誇りの夜の社交場であった。

看板に隠された知られざる店主の想い


いつも見ている筈のものが、実は見えていない、とはよくあることだ。「ロダン貝の店」の看板や入口のドアは、何百回と見ている筈だが、実はまったく意識の外で、眼前の光景がバラバラの光のまま勝手に目玉に入っているだけだった。これぞ“心は上の空”ということだろうと実感した。
というのも、今回は夜の社交場で楽しむためではなく、取材対象を目的にロダンのお店に伺ったので、店の看板や入口のドアに意識的に向き合い、写真を撮り、じっくりと観ることが求められた。そこで見えたものが、吾輩にとって実に楽しく、すこぶる面白い発見に繋がったのだ。洋酒喫茶「ロダン貝の店」/Rodin

「ロダン貝の店」の名の通り、店頭の路上の看板は貝のSHELLで2020年まで存在した昭和シェル石油のマークも連想させる。その隣にはJAZZ&Shell Collection ロダンの看板。この二つの看板の真ん中にあるのは、なぜか潜水服の頭の部分だ。これは暗に店内が海中の空間(海の底)であることを連想させる仕掛けなのだとピント来た!と独り喜んだが、そうだという確証はまったくない。と同時に、1960年代のその昔、新橋通りに潜水業を営むお宅があり、店先に潜水服一式がよく干されていた記憶が蘇ったのだ。
そしてマスターの石川晶一は、実に「猫大好き人間」であることが明白となった。奥さんが「あのね、主人は猫が大好きなのよ」「8年前に野良猫を拾ってきて、今も飼っているのよね」と囁いたことも大きな証拠ではあるのだが、マスター自らが、「私は猫が大好きです」と告白した証が、随所にあるではないか。まずその一つ、お店の入口ドアをじっくり観ると猫、写真のなかにはネコが21匹、その下に写っていない2枚のLPジャケットを飾る5匹のCATSが迎える。そして何気なく気がついたのが、マスターの洒落たベストの下襟(しもえり)にあるラペルピンだ。これは決定的なもので、カウンターに来られたマスターの下襟に居る可愛い猫を撮らせてもらった。後日、マスターの石川さんから聞いた話では、「アメリカ合衆国では、ジャズの愛好家のことをCATという」そうだ。 

洋酒喫茶「ロダン貝の店」の歴史


ロダンという名の店舗が尾道の新開で産声を上げたのは、1956(昭和31)年頃のようだ。当時は今の敷地の三分の二をクラブ「 ロダン」と三分の一を喫茶「ビクトリヤ」の二軒に仕切り、マスター石川晶一さんのご両親が二店舗をそれぞれ分担し、経営されていたという。当時のクラブはダンスホールともなっていて、当時の尾道にはまだまだ歌舞音曲も盛んで、芸者衆も活躍する広島県東部では、随一の賑わいのあるまちだったと想像する。

1961(昭和36)年に石川晶一(本名:石川武志)さんは静枝さんとご結婚。1965(昭和40)年ご両親が経営する二つのお店を統合し、ご夫妻で今の洋酒喫茶「ロダン貝の店」を誕生させ、大阪万博が開かれた1970年、1986(昭和61)年から1991(平成3)年まで続いた日本経済のバブル期を経て、「ロダン」名は、今年で66年を迎える。そして洋酒喫茶「ロダン貝の店」は、今年で57年目を迎えた。
そして石川武志・静枝ご夫妻の長男・道(おさむ)さんは、ロダンの一角を仕切り、ショットバー「ROOST」を経営されている。

(2022年8月14日)


洋酒喫茶「ロダン貝の店」
尾道市久保2-14-13 TEL0848-37-3895  Pなし
営業時間/19:00〜23:00 定休日/日曜日、祝日

  • 洋酒喫茶「ロダン貝の店」/Rodin
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